山中慎介、踏みにじられたフェアな戦い ボクシングを冒とくしたネリの失態

船橋真二郎

かつてない敵意と怒りに満ちた空気

山中慎介は4度のダウンを喫し、2回TKO負け。体重オーバーで王座を剥奪されたネリに雪辱はならなかった 【写真は共同】

 なんと空虚な試合だろうか。1日、東京・両国国技館で開催されたプロボクシングのWBC世界バンタム級タイトルマッチは、ルイス・ネリ(メキシコ)への雪辱とベルト奪還を期した山中慎介(帝拳)が4度のダウンを喫し、2回1分3秒TKO負けに終わった。ネリが規定の53.5キロの体重をクリアできず、前日に体重計の上で剥奪された王座は空位のまま。勝者であって、しかし何者でもないネリと、その取り巻きは臆面もなくリングで歓喜の声を上げ、場内からは激しい怒号とブーイングが浴びせかけられた。

「そもそも成立していない試合。ネリはボクサーとして、あんな失態を犯して、ボクシング界から去ってほしいですね。よくリング上で勝って喜べるなって、どんな神経してんのか。よく分からないですけど、ボクサーの中で一番尊敬できないです」

 山中のひとつ前の試合でIBF世界スーパーバンタム級王座の初防衛に成功した岩佐亮佑(セレス)が、目に怒りの涙をためながら吐き捨てた言葉は、祈るような思いで見守っていた人々の声を代弁していた。

 それにしても最初から最後まで、これほど敵意と怒りに満ちた空気は、かつてなかったのではないだろうか。両者が再戦に至った背景が、感情をさらに増幅させた。

1階級上のリミットすら超えていた

ネリ(右)の1回目の計量は、1階級上のスーパーバンタム級のリミットすら超えていた 【写真は共同】

 山中が勝てば、具志堅用高さんの世界王座連続防衛の日本記録13度に並ぶことで、大きな注目を集めた昨年8月の京都でのネリとの初戦。結果は山中の4回TKO負けだったが、試合から程なく「ネリがドーピング検査で禁止薬物に陽性反応」という衝撃の発表が、統括団体のWBCから出される。ネリ側は禁止薬物に汚染された牛肉を食べた際、誤って摂取したものと一貫して主張。紆余(うよ)曲折あって、最終的なWBCの裁定は「故意に禁止薬物を摂取した確証が得られない」として、ネリに対して何らのペナルティーも課さない代わりに山中との再戦を指示するという灰色決着だった。

 そんな状況で迎えた一戦での体重制競技にあるまじき大失態である。一連の騒動と受け入れがたい敗戦をのみ込み、この一戦だけに懸けてきた山中の思いを踏みにじり、ファンの感情を逆なでした。ボクシングを冒とくしたと糾弾されても仕方があるまい。計量失格までの体重を追いかけていくと、ネリが故意に体重を落とさなかったのではないかという疑いも濃厚になるのである。

 ネリは1回目の計量では55.8キロと2.3キロのオーバー。これは1階級上のスーパーバンタム級のリミットにも収まっていない。ネリ陣営が減量失敗の全責任を押しつけた栄養士の言葉を信じれば、計量当日の朝8時の時点で3キロオーバー。計量会場のホテル周辺を走るネリの姿が複数名から目撃されているが、13時15分の計量までに落ちたのは700グラムということになる。それから15時過ぎの再計量では54.8キロと1.3キロのオーバーでギブアップ。午前中よりもはるかに短時間で300グラム多い1キロも落ちているのは、いかにも不自然である。

 振り返れば、計量前々日の予備検診の時点でネリ本人が「2キロオーバー」と確かに言っていた。これも信じるならば、計量当日までの2日間で体重を減らすどころか、1キロも増えていることになるのだ。少なくとも、まったく体重管理がなされていなかったことは間違いないと言えるのではないだろうか。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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