仮想イラク戦で見えた指揮官の意図と覚悟 「2つのコントラスト」が意味するもの

宇都宮徹壱

試合当日に飛び込んできたニュース

東京スタジアムにて、日本とシリアによる国際親善試合が行われた 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 関東甲信越が梅雨入りと報じられた6月7日、規定により「味の素」のネーミングライツが外れた東京スタジアムにて日本代表とシリア代表による国際親善試合が行われた。13日にイランの首都・テヘランで行われるワールドカップ(W杯)アジア最終予選、対イラク戦を控えている日本にとっては極めて重要な意味を持つ試合である。

 日本が所属する最終予選グループBでは、サウジアラビアとオーストラリアによる2位・3位対決が8日に行われるが、他の4チームは今週の試合はなし。日本は「イラクにタイプが似ている」(ヴァイッド・ハリルホジッチ監督)シリアとのゲームで、選手のコンディションと新しいコンビネーションを見極めることに主眼を置いた。対するシリアはグループAで4位。13日にマレーシアでの中国戦を控えており、彼らにとっても東アジア勢との親善試合は望むところ。両者の思惑が一致したという意味で、悪くないマッチメークであった。

 ハリルホジッチ監督がどこまで意識していたかは不明だが、シリアとイラクはサッカーのスタイルだけでなく、国内の政情不安のため「自分たちの国でホームゲームが行えない」ことでも一致していた。逆境に耐え忍ぶ状況ゆえに、選手のモチベーションは両国とも極めて高い。シリア内戦に伴うテロの応酬と難民流出のニュースは、残念ながら日常化して今に至っている。一方のイラクは、イラク戦争が勃発した2003年から14年にわたり、自国でW杯予選が開催できない状況が続いていた。

 日本代表にとって(そしてわれわれメディアにとっても)、重要なのは13日のイラク戦。メディアの受付開始を待ちながら、同業者の間ではイランのビザ取得や最近の中東情勢についての情報交換が行われていた。そんな折も折、「テヘランでテロ事件が発生」との新たなニュースが飛び込んできた。何でも国会議事堂とホメイニ廟(びょう)に、武装集団が乱入して死者も出ているという。

 イランといえば、海外メディアの入国が厳しい国のひとつだが、少なくとも治安については問題ないというのがこれまでの認識であった(だからこそ、イラクのホームゲームの地として選ばれた)。国内に計り知れない衝撃を与えたことは間違いない。そうした状況下で、果たして6日後にW杯予選は開催されるのだろうか。そんなわけでシリア戦が始まるまでの間は、現地からの断片的なニュースが気になって仕方がなかった。

システムは4−3−3、「ベストメンバー」でスタート

日本のスターティングイレブン。まずは現状の「ベストメンバー」から試合をスタートさせた 【写真:アフロスポーツ】

 さて、サプライズ招集で話題となった今回の日本代表。ブルガリアのPFCベロエ・スタラ・ザゴラでプレーする加藤恒平が大きな注目を集めたが、他にも中村航輔、宇賀神友弥、三浦弦太と実に4名が初招集。その一方で、西川周作、森重真人、清武弘嗣といった常連組が選考から漏れたことについては、さまざまな憶測を生んだ。

 思えば4年前、アルベルト・ザッケローニ監督率いる日本代表は、W杯予選突破が決まるまで新戦力をほとんど試すことがなく、招集メンバーも代わり映えのしないものとなっていた。それに比べて今回のハリルホジッチ監督の決断は、かなり大胆なものに感じられる。今回の招集の意図については、試合前日の会見が参考になりそうだ。三浦については「ここ2カ月で最もパフォーマンスがいい」、加藤についても「これまで彼を追跡して、4回(彼のもとに)コーチを派遣している」。これらの発言から、今回の抜てきは実のところ既定路線だった可能性が高い。

 一方で指揮官は「A代表で経験がない選手をポンっといきなり出すことは難しい」とも語っていることから、本大会まで(あるいはそれ以降)の長いスパンを意識していることは間違いない。そうして考えたとき、オーストラリア(ホーム)とサウジアラビア(アウェー)との連戦となる次回のシリーズよりも、親善試合を挟んでから中立国でイラクと対戦する今回のほうが、新戦力を受け入れやすい状況にあった。問題はこのシリア戦で、どのようなスターティングメンバーを組んでくるか、である。

 キックオフ1時間前に発表されたリストは以下のとおり。GK川島永嗣。DFは右から酒井宏樹、吉田麻也、昌子源、長友佑都。中盤はアンカーに山口蛍、インサイドハーフの右に今野泰幸、左に香川真司。FWは右に久保裕也、左に原口元気、そしてセンターに大迫勇也。3月のUAE戦で見せた4−3−3の布陣は予想の範囲内だったが、けが明けの今野とコンディションが万全とは言えない酒井宏が起用されたのは少し意外。まずは現状の「ベストメンバー」からスタートして、試合展開に応じて6枚の交代カードを使っていくのだろう。

 対するシリアは、登録メンバー21名のうち国内組は6名のみ。残りのメンバーは、ほとんどがイラク、オマーン、カタール、ヨルダンといった中東諸国のクラブの所属である。アイマン・アルハキム監督は、「選手を集めるのも大変」と語っていたが、その苦労が偲(しの)ばれるメンバー構成だ。シリア代表にとっても、この試合が実りあるものとなることを願わずにはいられない。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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