熟女馬匹(ひつ)レイアーが行く「競馬巴投げ!第144回」1万円馬券勝負

乗峯栄一

2016年度の映画、僕が大賞を選ぶなら「セトウツミ」

[写真1]アットザシーサイド 【写真:乗峯栄一】

 2016年度の映画、キネ旬1位になったアニメ「この世界の片隅に」もよかったし、大ヒットしたアニメ「君の名は。」も「シン・ゴジラ」もよかった。しかし、もしぼくに大賞を選ばせてくれるのなら「セトウツミ」という、興業収入50位にも入ってない映画を選ぶ。

 ドコモCMに出ている中条(なかじょう)あやみという子がかわいいなあ、といつも見ていたが、「セトウツミ」という意味不明の題の映画に出るというので、去年、近所の小さなシネコンに行った。百人ぐらいのキャパシティの、そのシネコンの中でも一番小さな映写室だったが、客は7、8人しかいない。寂しいものだ。

 しかし映画観てこんなに笑ったのは久しぶりだ。面白かった。中条あやみはもちろんかわいかったが、そんなに映画に出てこない。出てこないけど、いい映画だった。映画の8割は大阪堺の運河べりの階段である。そこで劣等生のセトと優等生のウツミが会話する。セットもないし、エキストラもいない、安上がりの映画だ。

じゃあ、その匹と頭の違いってどこにあるねん?

[写真2]アドマイヤリード 【写真:乗峯栄一】

 劣等生のセトは樫村さん(中条あやみ)が好きだが、樫村さんはウツミが好きだ。でもウツミは樫村さんの告白にも「興味がない」とフッてしまう。あの中条あやみをフるんだぞ。たぶんセトのことを思ってだろう。何だかジンワリ来た。

 しかし一番の見所は男子二人の会話のほんわか感だ。たとえば劣等生セトの家庭は悲惨だ。母親は晩メシにカレーしか作らない。祖父は認知症で徘徊する。

 母親は買い物帰りに二人の前を通って「今日の晩メシ、何?」とセトに聞かれ「カレーに決まってんがな」とだけ言って通り過ぎる。祖父は徘徊して運河に落ちそうになるところを追いかけてきた母親に捕まえられる。

「うちのオトンな、最近 “オレはアカン、オレはもうアカン”しか言わへんねん。んで酒ばっかり飲んで、あとは競馬やるだけや」

 セトのうちは母親、祖父だけでなく父も変なのだ。

「でも、競馬ってオモロイなあ」とセトは明るく、すぐに話題を変える。一匹が前に行くのを後ろの方にいた二匹が、こうやって猛烈に追い上げてくるねん」と馬の真似をして説明する。

「セトなあ、その匹(ひき)、匹(ひき)いうの、やめてくれへんか? カエル思い出して気持ち悪なるねん。頭(とう)って言うてくれ」

「でも、じゃあ、その匹と頭の違いってどこにあるねん? どこまでが匹で、どこからが頭やねん」

「オオカミかな」

「おお、そうか、オオカミか」と大きく納得する。セトは優等生ウツミのことをクソマジメとか、ネクラとか言うが、ウツミの言葉には大きく同調する傾向がある。

「一匹オオカミって言うもんな。一頭オオカミとは言わへんもんな」と深く頷くが、ウツミは別に嬉しそうにしない。

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著者プロフィール

 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」

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