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大賞典“そんたく”レース、シュヴァル
「競馬巴投げ!第140回」1万円馬券勝負

この世の幻想世界は「忖度」から来ているのではないか

[写真1]スピリッツミノル
[写真1]スピリッツミノル【写真:乗峯栄一】

 いま「忖度(そんたく)」という単語が流行っている。「安倍晋三記念小学校」と寄付金振り込み票に書いてあり、名誉校長が「安倍晋三夫人」となっていると、役人たちはもうそれだけで自動的に忖度して「とにかく早く安倍晋三記念小学校が開校できますように」と土地をベラボーに安くしたり、私学小学校認可を与えたりするという意味だ。


「相手の気持ちを慮(おもんばか)る」というのが、辞書的な「忖度」の意味で、籠池理事長の言葉を代弁することで有名になった菅野というノンフィクション作家は「わたしはこれらの役人の行動を“全自動ソンタク機”と呼んでいます」と言っていた。なかなか妙のある言葉だが、「慌てん坊の“そんたくロース”」という言葉もあるなあとも思った。


 すべてのこの世の幻想世界(恋愛も家庭も国家も幻想世界の話だと思う)というのは「忖度」から来ているのではないか。

キングサーモンの排卵・射精も「忖度」なのだ

[写真2]シュヴァルグラン
[写真2]シュヴァルグラン【写真:乗峯栄一】

 R・D・レインというイギリス気鋭の精神病理学者は、人間のコミュニケーションは次の二つの幻想(「忖度」と言い換えてもいい)で成り立つと言う。


(1)私が他者を、彼が自分でそうとみなしている人格どおりのものと認識している。


(2)彼が私を、私が自分でそうとみなしている人格どおりのものと認識している。


 大切なのは私が相手をどうみるかではない。相手が自分をどうみているかを私がどう了解するかであると言う。これは微妙だが、大きな違いだ。この微妙で入り組んだコミュニケーションの欺瞞に気づいた者だけ、訥(とつ)弁になり、ときに了解不能の言葉を発する。

[写真3]レーヴミストラル
[写真3]レーヴミストラル【写真:乗峯栄一】

 ベーリング海で育ったキングサーモンは、2年後、生まれ故郷のカムチャッカ半島に帰る。数百万匹のサケたちはカンムリワシやヒグマの鋭い爪をかいくぐり、ポルシャヤ川の源流まで2万キロの里帰りをする。そこの浅瀬でオス・メス一対のペアとなり、水底のジャリを掘り、まずオスが大口を開けてメスの排卵を促す。すると、メスもそれに呼応して大口を開けて排卵し、オスもほとんど同時にその卵に射精して、このペアの“命がけ2万キロ遡上”の旅は終焉を迎える。オス・メス共に死んでしまう。


 いわば路上排卵、路上射精だ。そんなもののために、なぜ命を賭け、そして死んでいけるのか。路上排卵、路上射精ごときで、どうしてそんなに大口を開けられるのか。もしキングサーモンに声帯があれば、カムチャッカの源流はキングサーモンの叫び声で大変な騒ぎになる。


 つまりあれも「忖度」なのだ。「わ、この人、こんなに大口開けて、2万キロも遡上して体キズだらけりはずなのに。そんなにわたしの卵子が欲しいのね。ウーワァー」とメスザケも大口を開けると、そういうことなのだ。

乗峯栄一
乗峯栄一
 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」