フェブラリーSは三橋美智也の黄金の夢 「競馬巴投げ!第139回」1万円馬券勝負

乗峯栄一

的場均は三橋美智也だ。おんな船頭唄だ

[写真1]アスカノロマン 【写真:乗峯栄一】

 古い話だが、99年12月23日、川崎競馬場の全日本2歳優駿で的場均は白井厩舎のアグネスデジタルに乗り優勝させた。「よくやってくれた」と白井調教師は的場均と嬉しい抱擁をかわす。その三日後の26日、白井厩舎の至宝スペシャルウィークのラストラン有馬記念で、的場均はグラスワンダーに乗り、スペシャルをハナ差押さえて優勝する。白井調教師は的場均に向かって「よくやってくれたなあ」と目を真っ赤にして睨む。

 そのときぼくは「的場均は三橋美智也だ。おんな船頭唄だ」と叫んだが、周りの誰もキョトンとしていたので仕方ない。歌うしかない。

「♪嬉しがらーせえて 泣かせーて 消えーた 憎いあの夜ーのお 旅のかーぜ」(藤間哲郎作詞)

 朗々と歌いあげたのに、まだみんなキョトンとしている。しょうがないなあ。

「♪思いー出すさえ ざんざら真菰(まこも) 鳴るな うーつろーなあ このー むーねーに」

「でも“ざんざら真菰”って何だ? ザラメみたいなもんか? だいたい何でこの歌がおんな船頭唄なんだ? “おんな船頭”って言ったら、こんな、ゴツい腕して、色は真っ黒で女プロレスラーみたいなんじゃないのか? “おい、客たち、静かにしろ、いまからオラが自慢の唄、披露するでな”とか、そういう雰囲気じゃないのか? それが“嬉しがらせて 泣かせて消えた”って、薄情な男のことを歌ってんのか? 訳の分からん歌だ、何なんだ、この歌は」とか、一人ブツブツ言っていると、周りの空気がおかしい。

 みな、アングリと口を開けたままだ。だいたい、この「おんな船頭唄」というもの自体を知らない雰囲気なのだ。

「お前らは三橋美智也先生を知らないのか? “♪惚ーれて 惚ーれて 惚れていながらゆーくオレを 旅をせーかせーる ベルの音”え? 『哀愁列車』知らないのか? “葵の花に吹く 時代の嵐 乱れーて騒ぐ 京のそーら”え? 『新選組の歌』も知らないのか? ほんとに、どうしようもないなあ」

東京だよ、ウオッカさん

[写真2]インカンテーション 【写真:乗峯栄一】

 実はここでは、ライアン・ムーアが三橋美智也ではないのかということが書きたかった。ドバイでジェンティルドンナを勝たせたライアン・ムーアが、日曜フェブラリーでは同じ石坂厩舎のモーニンに乗る。しかも2月いっぱいで日本を去っていく。

「♪嬉しがらせーて 泣かせーて 消えーた ムーア」てなことになるんじゃないのか?というようなことが書きたかった。ひょっとしたら「♪嬉しがらせーて 嬉しがらせて、も一つ嬉しがらせて消えーた ムーア」てなことになるかもしれないが、てなことも書きたかった。

 しかし書いていて、どうも納得できない感じになってきた。

 ウオッカが活躍した09年、10年ごろ、ネット上の若者を中心に「特に東京競馬場に強いウオッカ」に対して「東京だよ、ウオッカさん」がリバイバル・ヒットしているというニュースが出た。

 島倉千代子の『東京だよ、おっ母さん』は昭和32年のリリースだ。それに対して『おんな船頭歌』は昭和30年だ。ほぼ同時期だ。いったいいまの若者たちは、戦後歌謡曲に対してどういうイメージを持っているんだろうか。分からん。

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著者プロフィール

 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」

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