マラソン「2時間の壁」は破れずも… 究極のチャレンジが示した可能性

永塚和志
 確かに、同じ「マラソンの距離」ではある。しかし、「似て非なるもの」であったか。

 大手スポーツ用品メーカーのナイキ社がマラソン2時間切りに挑戦するプロジェクト「ブレーキング2」のトライアルレースが現地5月6日の早朝、F1イタリアグランプリで有名なモンツァサーキットで行われた。

 出走した3選手はいずれも2時間を切ることはできなかったが、同社が世界中から招待した100名近いメディアが見守る中、リオデジャネイロ五輪金メダリストのエリウド・キプチョゲ(ケニア)が非公認ながらデニス・キメットの持つ公認の世界記録、2時間2分57秒を大きく上回る2時間00分25秒でフィニッシュした。

「世界を新たな境地へ誘った」

公認の世界記録を大きく上回るタイムで42.195キロを駆け抜けたキプチョゲ 【(C)NIKE】

 大台への壁を超えるまであと26秒にまで迫った。レース後のキプチョゲも「これは歴史だ」と振り返った。同時に関係者も究極の目標には一歩及ばなかったものの、この半年間、スポーツ科学など多角的なアプローチから人間の限界を押し上げる試みは成功したと胸を張った。

 このレースの中継解説も担った女子マラソン世界記録保持者のポーラ・ラドクリフ氏は2時間の壁という「象徴的な」数字に挑み、そしてそれに近づいた今回の挑戦を「人々に勇気を与え」「世界を新たな境地へを誘った」と挑戦の意義について述べた。

 またゲストとして来訪した元男子短距離のスーパースター、カール・ルイス氏は2時間もの間に高い集中力を見せた選手をたたえると同時に、「いつか2時間の壁が破られる時は、今日がそのスタートだったと振り返ることになる」と興奮気味だった。

35〜40キロで失速した王者

ペースメーカーに囲まれて周回コースを走るキプチョゲ(右から2番目)ら 【Getty Images】

 3人が出走したが、真の意味で2時間の壁に挑むことができたのは、当初の予想どおり世界のトップ中のトップ、リオ五輪金メダリストでフルマラソン通算8戦7勝の実力者、キプチョゲだった。

 リラックスし、かつ身体や頭が大きくぶれない安定した走りで、1周2.4キロの同サーキットの周回コースを反時計回りに淡々とストライドを刻んだキプチョゲ。表情も、42キロの道程の大半は苦しさを感じさせない走りだった。前半で大きく遅れ始めたレリサ・デシサ(エチオピア)や、最終的には自己記録を3分近く縮めた(2時間6分51)とはいえ、ハーフ地点過ぎあたりから「2時間ペース」についていけなくなったゼルセナイ・タデッセ(エリトリア)と比べて、これこそがエリートランナーの力だとあらためて思わせた。

 しかし、そんなキプチョゲですらも1時間台への突入はならなかった。通常のレースのように他の多くの競技者と競う形ではなく、周回コースを6人のペースメーカーに囲まれながら序盤から想定のペースを刻むだけだった。

 序盤の5キロを14分14秒で入ったキプチョゲは、その後の5キロごとのスプリットも14分7秒、14分13秒、14分15秒、14分17秒、14分17秒と、35キロ地点まで大きくタイムを上げ下げすることなく走った。だが、35キロから40キロのスプリットで14分27秒と大きく減速。これが響き2時間の壁に手を触れることはかなわなかった。

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著者プロフィール

茨城県生まれ、北海道育ち。英字紙「ジャパンタイムズ」元記者で、プロ野球やバスケットボール等を担当。現在はフリーランスライターとして活動。日本シリーズやWBC、バスケットボール世界選手権、NFL・スーパーボウルなどの取材経験がある

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