猫ひろし、走り続けるマラソン“猫”生 “元”母国・東京五輪まで走り続ける!

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昨年のリオ五輪男子マラソン出場を果たした猫ひろし。完走者140人中139位ながら、最後まで走り切った 【写真:ロイター/アフロ】

 昨年のリオデジャネイロ五輪、陸上の最終種目として行われた男子マラソンにカンボジア代表として出場した猫ひろし(本番では本名の「TAKIZAKI KUNIAKI」でエントリー)。世界中からの注目を集める大舞台で、2時間45分55秒で走り切り、完走者140人中139位となった。

 2012年ロンドン五輪では、代表権をほぼ手中にしながらも出場がかなわなかった。それでもあきらめずに走り続けたことで、五輪出場という夢を実現させることができた。今回はマラソンを本格的に始めるきっかけとなった東京マラソン(2月26日号砲)を前に、リオ五輪の振り返りや、これからのマラソン“猫”生を聞いてみた。

リオを走り「やっぱりマラソンは奥が深い」

選手村では“芸人”として、中の様子をリポートするようにしていた 【スポーツナビ】

――昨年リオ五輪を経験し、マラソンに対する考えや気持ちに変化はありましたか?

 若干、追い込む練習ができなかったのですが、自分なりにきちっと(タイムを)狙う練習をして、万全にやりました。それでも当日は暑くて、湿度も高かったので、足が30キロ過ぎくらいから動かなくなって、タイムもよくなかったので、「やっぱりマラソンは奥が深いな」って思いました。

――14年にはアジア大会(韓国・仁川)にも出場しましたが、五輪は違うものでしたか?

 五輪では、選手村で20日間ぐらい過ごしたのですが、選手の緊張感が伝わってきましたね。僕の緊張感もあったのかもしれませんが、例えば強い選手が急に負けたりとかもあったり、“五輪には魔物が棲んでいる”じゃないですけど、そういう意味での緊張感が五輪だからなのかなと思いました。

――選手村では、やはり“アスリート”という気持ちで生活していましたか? それとも本職の“芸人”としての気持ちもあった?

 僕は“芸人”なので、そこは強く意識していました。選手村はマスコミの方が入れない場所なので、中の様子をSNSで上げたり、レポートではないですけど、自分が見たことを伝えました。それがヤフーニュースに載ったりしましたよね。あとはいろいろな選手、特に海外の選手と写真を撮りたいと思っていて、(ウサイン・)ボルト選手がいた時はすかさず撮りました。

 芸人としてトークライブをやっているので、ネタを探さないとというのはありましたけど、毎日毎日、何かがありましたね(笑)。「選手村の不備が目立つ」という報道もありましたが、トイレの水が流れないことは日常茶飯事で、僕はそれをネタにして、プラスにしていました。
 それこそ、選手村は新築のマンションなんですけど、トイレにいたら、急に「ガッシャーン」という音がして、「何だ?」と思って振り向いたら、電球が落ちて釣り下がっていたんですよ! 僕は背が低いからぶつからずに済んだんですけど、ギリギリで。これがボルト選手だったら、当たって何針か縫ってましたよ! ここで親に初めて感謝しました。「小さく産んでくれて、小さく育ててくれてありがとう」と(笑)。

ロンドンで夢破れても走り続けることを決めた

一度はあきらめかけた五輪への夢。しかしマラソンをやめなかったおかげで、4年後にかなえることができた 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

――代表が決まってから大会に向けてはどんな練習に取り組みましたか?

 代表選手になってからは、芸能の仕事はなしにしました。取材は受けましたけど、カンボジアにいる時に、撮影で来た人たちのインタビューに答えたりとか。
 練習の内容はいつもと一緒でしたが、大会に向けては逆に疲労を抜くことを考えました。4年間(練習を)続けてきたので。1カ月前までは40キロ走などをたくさん走り、1カ月を切ったら量からスピードの練習に変えて疲労を抜いていきました。

 ただ、初めて30時間を越える長い飛行機移動があったんです。カンボジアから出発して、タイに行って、そこからドバイ。ドバイからリオに向かったのですが、ホテルにも泊まれず、トランジットも空港で横になったぐらい。時差ボケが怖かったので映画を見て調整しようとしたら、それでも分かりやすい時差ボケが起こって、到着してから3日間、練習できなかったんです。

「ジカ熱」の話題もあって怖くなったから、いつもお世話になっているスポーツドクターの方に連絡したんですけど、「猫さん、年齢いくつですか?」と聞かれて、「もうすぐ39歳です」と言ったら、「猫さん、それはただの年です。練習は熱が出ている時はやめて下さいね」と言われて休んだら、嘘みたいに熱は下がりました。自分を知ることって大事ですよね。

――猫さんの五輪出場には今まで賛否がいろいろありました。その中でカンボジア代表として国を背負う部分と、芸人・猫ひろしの立場を守るところと、どうやってバランスをとって両立させたのでしょうか?

 守るとかは考えなかったです。ずっと一緒です。ずっと、ライブはレギュラーライブがありますし、ラジオも週一でやっているし、僕自身は、「芸人が五輪に出場する」と思ってやっていました。

 アスリートであろうが、芸人であろうが一生懸命練習するのは一緒。五輪を目指すというのも一緒。僕は国籍を変えて、カンボジア人としてカンボジアから認めて頂いたし、国内の選手権で優勝して五輪に出ました。もちろん、僕が行くことで出られない選手もいたので、そこはちゃんと(国を背負う責任を)感じている部分はありました。
 ただそれが芸人でもいいと思うんです。やることは一緒です。芸人だからって走っている最中に目立とうとするわけではないし、一生懸命きちっと練習して、走ってゴールして。その後は芸人をちゃんとやったらいいんだと思うんです。

――アスリートでも芸人でも、五輪に向けてやることは一緒だと。

 そうですね。一度(ロンドン五輪出場が)ダメになった時、頭が真っ白になってしまったんです。何も考えられなかった。ただ、そのダメになった日の深夜に、後輩を呼んで40キロ走ったんです。

 なんとなく五輪がダメになって、自分を変えてくれたマラソンを止めるのも変だし、カンボジアに対しても失礼だったし。自転車で伴走してくれた後輩には後で怒られたんですけど、「40キロも走るんだったら先に言って下さい! おしりが痛くなったじゃないですか!」って(笑)。でも、その時に思ったのは、五輪がダメになったからってマラソンを止めるのは違う。五輪に行く行かないは関係なく、マラソンは続けようと思いました。

――五輪の夢は達成できなくても、走り続けることを選んだと。

 その後タイムも上がってきたので、自然ともう一回挑戦してみようとなりました。

まだまだベストタイムを狙っていく!

“元”母国の東京五輪では、自身の出場も目指していくが、カンボジアの選手のサポートも買って出るつもりだ 【写真:ロイター/アフロ】

――そして今回リオ五輪に出場できたわけですが、今後はどのようにマラソンと向き合っていく予定ですか?

 いろいろ考えているんですけど、2020年に東京五輪もありますし、日本は僕の“元”母国。五輪で人生が変わる選手も多いですし、引退しようと思っていた人がもう少しやろうかと思う人もいると思うんです。

 僕も周りから「東京は当然走るんだよね?」って言われるんですけど、(2020年には)43歳だから、猫だったら2回は寿命が来てますし(笑)。そうは思いますけど、挑戦はします!

――走り続けられるところまではやると。

 そうですね。あとは、カンボジアの選手も日本に来るので、そのサポートをさせてもらえるところはあると思います。もちろん、一番は自分が選手として走ることだとは思っていますけど、ずっと現役ではやりたいです。
 もちろん出場できたらうれしいし、出場できなくてもそれはしょうがないです。

 あとは僕にもマラソン理論があるから、それを伝えていけたらいいなと思っています。それこそみんなから「マラソンの解説はやらないんですか?」と言われるんですけど、それは無理ですよね(笑)。「誰がマラソンの放送を見て、僕の解説を望むんだ!」と。
 だったらそこは芸人ですから、いろいろなランナーと仲良くなって、当然ランナーをリスペクトしているので、選手からいろいろな話を聞いて、そこでできる仕事もあるかなと思っています。

――それでは最後になりますが、今回の東京マラソンに向けての意気込みをお願いします。

 五輪明けなので、期待はされると思います。情けない走りはできないので、しっかり練習をしてきました。それこそ先日30キロ走をしたんですけど、それがすごく良かったんです! 30キロのベストが出て、昨年の暮れには肺炎とかで練習ができない時期もあったのですが、大分ここにきて上がってきました。

 今、コーチと相談していて、「2時間ニジュウニャニャ分」(2時間27分)の自己ベストは難しいかもしれないですけど、まずは2時間30分を切って行こうと話しています。

――まだまだ進化していると?

 もちろん! 今回はその準備ができてないですけど、次はベストを狙えると思うので、可能性を追求していきます。

(取材・文:尾柴広紀/スポーツナビ)
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