栗東滞在個人情報。ロードクエスト 「競馬巴投げ!第132回」1万円馬券勝負

乗峯栄一

ああ言いたい、借金の額も全部言いたい

[写真3]ダコール 【写真:乗峯栄一】

 時代劇などを見ていると、悪漢に囲まれた武士は、だいたい刀のさやなどに手を添えて、「拙者を会津藩・馬廻り番組頭・佐伯新之丞と知っての狼藉か」などと叫ぶ。

 どうして名乗るんだろう?

「何のかんの言って、自分の役職とか言いたいんじゃないの?」と画面に向かって突っ込んだりするが、これは冷静にみても不思議な現象だ。

 被害者からまず名乗るのである。満員電車で尻触られた女性が「あなた、わたしを吹田市豊津ローソン江坂店勤務、山本潤子と知っての狼藉なの?」と怒鳴るようなものだ。

 現代では、名前や職業というのは、何かの罰として披露するものだと思われている。運転席に顔を突っ込んだ警察官から「うーん、酒臭い、怪しいヤツだ、免許証見せなさい」などと言われて渋々住所や名前を提示するものだ。

「わあ、こんなひどい仕打ち受けた、よし、オレの名前と職業言ってやる」というのは、ツジツマの合わない言葉ということになっている。

 先日も、薬局で歯ブラシを買ったら、「抽選で歯磨きが当たりますから、ここに住所氏名書いて下さい」と言われたが、当然のごとく断った。歯磨きごときで、迷惑電話や迷惑封書なんか来たら大変だと思ったからだ。でも実は、これが、せち辛い世の中を招いている原因なのかもしれない。

「プライバシー守らなきゃ」「他人に自分のこと知られたら困る」といつもディフェンスばかり思っているから、現代社会は疑心暗鬼が増幅される。

「ああ言いたい、自分の名前言いたい、会社名も言いたい、仕事での失敗も、家族への不満も、借金の額も全部言いたい、ああ言いたい、言いたい」と夢遊病者のように思い続ける人間ばかりになれば、もっと前向きな社会になるのではないか。

そんなに見たい? オレの財布の中

[写真4]ダノンシャーク 【写真:乗峯栄一】

 競馬場でも、何につけ、これを言ってみるべきではないか。

 購入シートを見て「馬連(3)を軸に4点ですね」と確認する窓口ねえさんに「ダメ、教えない、プライバシーの侵害だから」「え?」「でも、そんなに知りたい? オレのこと」という会話から始まる。

「お客さん、金額欄が抜けてます。一点いくらの購入ですか?」

「あ、それは言えない、個人情報だからね。あ、でも、そんなに見たい? オレの財布の中」

 こうなると、温厚な窓口ねえさんも言い返す。

「わたしがあなたの財布の中を見たいかどうかは個人情報ですから言えません、でもわたしがあなたの財布の中を見たいかどうか、そんなに知りたい?」

「おねえさんがオレの財布の中を見たいかどうかをそんなに知りたいかどうかは、個人情報なので言えない。でも、おねえさんがオレの財布の中を見たいかどうかを、オレが知りたいかどうか知りたい?」

「個人情報」と「そんなに知りたい?」を続けていくと、窓口は延々の問答が続いてきっと停滞する。

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著者プロフィール

 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」

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