広島を十年ぶりのJ1制覇に導けるか? 2試合連続ゴール、新人FW中村草太が示す可能性
「選ばれる」クラブになった広島
「自分たちのクラブを選んでくれて、本当に嬉しく思っています。彼が広島を選んでくれた以上、彼をもっといいプレーヤーに成長させたい」
中村はプロ野球に例えるならドラフト1位で、なおかつ複数球団が抽選で競合するようなレベルの目玉だった。
168センチ・64キロの体格はかなり小柄だし、前橋育英高時代もそこまで注目されていた選手ではない。高3時は群馬県大会で敗れて高校サッカー選手権出場を逃している。しかも同級生には高卒でプロ入りした櫻井辰徳(鳥栖)や、特別指定として中村より早くJ1デビューを果たしている稲村隼翔(東洋大→新潟)と新井悠太(東洋大→東京V)がいた。当時の中村は「ワン・オブ・ゼム」的な存在だった。
ただ明治大での成長と活躍は驚異的だった。関東大学リーグ戦では2季連続で得点王とアシスト王の“2冠”に輝いている。個で2人も3人も剥がすタイプではないが、一瞬の動き出しや重心移動でズレを作れるタイプだ。「いいタイミングでいい場所にいる」クレバーさは出色で、何よりシュート、クロスと得点に結びつける精度がずば抜けていた。
アジリティを活かした切り替え、前線からのプレスも強烈で、そこは浅野拓磨(マジョルカ)と似た強みだ。
昨今の日本代表は三笘薫(ブライトン)にせよ守田英正(スポルティング)にせよ大学サッカー出身者が増えつつある。各クラブは当然ながら有望な大学生を引っ張ろうと、スカウト活動を繰り広げる。そんな中で広島はアカデミー組織が強力という事情があるにせよ、「ドラフト1位級」と今まで縁がなかった。2024年冬のキャンプに中村が参加したときも、長く広島を取材している知人のライターは「どうせ来ないだろう」と少し引いた気持ちで見ていたという。
それでも群馬県出身で、大学まで関東で技を磨いた逸材は広島を選んだ。地方クラブが「選ばれる」存在となった証明の一つだ。
エディオンピースウイング広島は毎試合のように満員の観客を集め、収入の増加がクラブ経営にもポジティブな影響を及ぼしている。最高年俸の規制がある新人は別かもしれないが、広島が有力選手獲得には新スタ効果が明らかに寄与している。
中村が口にする自身の課題
「シュートは結果が出ていますけど、それ以外のドリブルの精度、状況判断も含めて、まだスタメン組と差がある。明治はトップレベルの大学だと思っていますし、自信を持って広島に入ったのですが、別次元だなと率直に感じています」
自分の強みについてはこう述べる。
「トルガイ(・アルスラン)選手、(加藤)陸次樹選手に比べると上手さはまったく足りないですけど、自分はスピードや動き出しで勝負をしたい。また違ったタイプいうところを見ていただければなと思います」
位置取り、ランニングやドリブルのコース、動き出しのタイミングといった部分で、外から観察している人間には分からない「ズレ」があるのだろう。しかし広島の他選手にない、J1の中でもなかなか稀有な強みを彼は持っている。
中村は状況判断を自らの課題に挙げていたが、記者とのやり取りを聞く限りにおいては間違いなくシャープな思考の持ち主でもある。謙虚なコメントは「もっとやれる」という自負を示し、彼の言う「差」が埋まったときの期待度を上げるものに思えた。
ここまで中村がプレーした公式戦は中立地の国立競技場と、アウェイ2会場。つまりピースウイングのピッチにはまだ立っていない。地元のサポーターは今から「広島デビュー」が待ち遠しいに違いない。
十年ぶりのJ1制覇に向けて、広島は好スタートを切った。
昨季の広島も十分にグッドチームだったが、悪い流れをひっくり返す「選手層」は今季の新しい強みだ。その中でも中村はチーム内だけでなく、Jリーグ全体にインパクトを与えられる才能だ。