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三笘が極限トラップ&技ありフィニッシュで殊勲弾 VARなしだからこそもたらされた「爽快感」

森昌利

三笘ならではのフィニッシュ

後半12分、三笘が難易度の高いトラップからGKとの1対1を制し、決勝点となる逆転ゴールを決めた 【REX/アフロ】

 ゴールが生まれる布石はあった。まずあの位置――ペナルティエリア内左寄りになぜ三笘がいたのか。それは日本代表MFがこのゴールのわずか10秒前に、リュテールが左サイドの裏に出したグラウンダーのロングパスに全速力で走って追いつき、チャンスを作っていたからだ。

 左サイドをえぐった三笘は、ゴール前のダニー・ウェルベックが相手のセンターバックに挟まれているのを見て取ると、後方から上がってきて、ペナルティエリア内に迫り出していた左サイドバックのタリク・ランプティの足元へマイナスのパスを出す選択をした。

 ミドルシュートの決定力はチームで一二を争うランプティは、パスを受けると右足でジャストミートした。けれどもこのシュートは元ブライトンのボランチで、英国史上最高額でチェルシーに移籍したモイセス・カイセドが必死に足を伸ばしてブロック。すると、強烈なシュートが跳ね返り、ランプティに当たって前へ、つまりゴールの方向へ転がった。

 これを反射的にチェルシーのセンターバック、トシン・アダラビオヨが蹴り返す。しかしボールの芯には当たらず、蹴っただけ。続いてこのボールをすぐ前方にいたMFキアナン・デューズバリー=ホールがこれまた反射的に左足で引っ掛けると、そこにはタックルした勢いでピッチに倒れていたカイセドがいて、その体に当たってリュテールの足元にこぼれた。

 ランプティのシュートからカイセド→ランプティ→アダラビオヨ→デューズバリー=ホール→カイセドと目まぐるしく、まさにピンボールのようにボールが動いて、リュテールの足元に収まったのだ。この間、時間にしてわずか2秒ほど。このランプティのシュートが生み出した混乱を、三笘は「アクシデントのようなシーン」と描写した。

 シュートがブロックされて、蹴ったランプティの右手に当たると、ピッチに落ちて、ゴール前で必死にピンチを跳ね返そうとするチェルシー守備陣がとんでもないスクランブルを生み、幸運にもリュテールの足元へ収まって、三笘へのアシストとなったパスにつながったのだ。

 しかしこのリュテールのパスも混乱のなかで蹴り出されたもので、受ける側にとっては思いやりも何もないボールになった。三笘は「たぶん、浮き玉でなければ通らないところだった」と言って、かばった。そして「あれが限界かなと思いました」と続け、高くて強くて思いやりのないリュテールのパスをコントロールするのは“限界の難易度だった”と語った。

 三笘は右腕を上げて、肩で巻き込むようにしてこのボールをトラップした。肩では、高くて強いボールの勢いを殺す絶妙なタッチとはなりにくい。そして、この肩でのファーストタッチが当然ながら少し大きくなり、チェルシーのGKロベルト・サンチェスとのフィフティ・フィフティのボールとなった。しかしこの状況が結果的に三笘のゴールを後押しした。

 三笘は「自分自身もギリギリのところで、触れて良かったと思います」と話した。トラップがやや大きかったことでサンチェスを前に誘い出すことができたのだ。このゴール前でのGKとの1対1の競り合いを三笘が生み出し、まさにタッチの差で得意の右足のアウトサイドをボールに当てた。

 しかもこの切迫した状況で三笘は、“これしかない”というループシュートを放った。前に出たサンチェスの脇をすり抜け、対角線上に飛んだボールはゴールラインを割ったところでバウンドすると、右サイドネットを揺らした。

 左サイドから左利きのウインガーが蹴るように、ゴール方向から手前の味方に向かって弧を描いて戻るクロスボールの軌道を生み出すために、右足のアウトサイドを多用する三笘ならではのフィニッシュだった。

「少しの1メートルだったり、そういうところで勝負が決まるところがあったんで。そこを練習していて良かったと思います」

 このコメントからは、1メートルどころかセンチ、いやミリの世界でボールの行き先が変わるフットボールの怖さ、そして素晴らしさを知る三笘が、厳しい鍛錬を積むことで、少しでも思い通りにボールをコントロールしようとする真摯な姿勢が伝わってきた。

三笘の素晴らしいゴールがVARで取り消されていたら…

ランプティ(左)の一撃はブロックされ、跳ね返ったボールがこのガーナ代表の右手に当たったが、VARには持ち込まれず。三笘の見事なゴールにスタンドが沸いた 【 Photo by Crystal Pix/MB Media/Getty Images】

 もちろん、三笘がスーパーゴールを決めて強豪チェルシーに競り勝った試合の後味は最高だったが、VARがなかったことも爽快感を覚えた要因だと思う。何が嫌かって、ゴールが決まってもすぐには喜べないVAR判定の“あの間”がたまらなく嫌なのだ。

 それがこの試合では三笘のゴールが決まった瞬間、主審が反則もオフサイドも認めず、三笘がすかさず逆転弾の喜びをチームメイトとともに爆発させて、スタジアムが歓喜で埋まった。

 もしもVAR判定がなされていたら、カイセドのタックルで跳ね返ったボールがランプティの右手に当たっていたのが発覚して、ゴールが取り消されていた可能性があった。

 一方、チェルシー陣ペナルティエリア内にドリブルで侵入したジョアン・ペドロが、チェルシーの右サイドバック、マロ・ギュストに引きずり倒されたプレーもVARに持ち込まれていたらPKになっていた可能性が高い。

 けれどもこういう審判の目をかいくぐる反則もフットボールの一部だったころは、ゴールの瞬間の喜びは純粋でひたすら大きかった。その一方で、どんなに完璧を装っても必ず生まれる人間のミスに対する寛容と達観があった気がする。それに、なにより試合がどんどん流れるのが素晴らしい。

 もちろんVARの待ち時間が加算されて、10分級のアディショナルタイムが当たり前になることもなくなる。さらに言わせてもらえば、VARを排除して試合を止めず、人間のミスを受け入れることで、フットボールが観る人間の感情をさらに激しく揺さぶるスポーツになると思う。

 なんでもかんでも機械に頼ると、人間味を失うのは明白だし、絶対にドラマが減る。考えてみてほしい。ランプティが力任せに蹴ったシュートが引き起こしたスクランブルのなかで偶発的に起こり、主審の目もすり抜けたハンドが機械の目で見つかり、あの素晴らしい三笘のゴールが取り消されていたらと思うと、やはりそれは全くもって面白くないのである。

(企画・編集/YOJI-GEN)

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著者プロフィール

1962年3月24日福岡県生まれ。1993年に英国人女性と結婚して英国に移住し、1998年からサッカーの取材を開始。2001年、日本代表FW西澤明訓がボルトンに移籍したことを契機にプレミアリーグの取材を始め、2024-25で24シーズン目。サッカーの母国イングランドの「フットボール」の興奮と情熱を在住歴トータル29年の現地感覚で伝える。大のビートルズ・ファンで、1960・70年代の英国ロックにも詳しい。

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