現地記者の日本人選手ラ・リーガ奮戦記(月2回更新)

久保もターゲットになった人種差別被害 スペインにはびこる悲しい問題の根底にあるものとは?

山本美智子

1月19日のバレンシア戦を前にしたウォーミングアップ中に、相手サポーターから侮辱的な言葉を浴びた久保。意図的にその声を無視して冷静に対処していたが…… 【Photo by Jose Miguel Fernandez/NurPhoto.】

 スペイン在住がすでに25年以上に及ぶ日本人ライターによる、月2回の連載コラム。レアル・ソシエダで3年目のシーズンを迎えた久保建英と、今シーズンからマジョルカでプレーする浅野拓磨の動向を中心に、文化的・歴史的な背景も踏まえながら“ラ・リーガの今”をお届けする。第7回目のテーマはスペインにはびこる人種差別問題。1月中旬には久保もそのターゲットになってしまったが、現地で長く暮らす著者も被害が後を絶たない現状に胸を痛めている。

サナディ獲得のアスレティックに誹謗中傷

冬の移籍マーケットでアスレティックが獲得した大型FWサナディ。モロッコの血を引くその外見から、SNS上にはいわれのない誹謗中傷の投稿が殺到した 【Photo by Martin Silva Cosentino/NurPhoto via Getty Images】

 1月が過ぎ、冬の移籍マーケットが幕を閉じた。その中で話題になったのが、アスレティック・ビルバオが移籍期限最終日に獲得した24歳のストライカー、マロアン・サナディだった。

 ご存じの通り、アスレティック・ビルバオは“バスク純血主義”を貫く、現代サッカー界では稀有なクラブだ。アスレティックでプレーするためには、バスク地方で生まれるか、バスク人の血が流れていなければならない。バスク人の人口がおよそ200万人と言われていることを考えれば、このクラブが一度も2部に降格することなく、ラ・リーガ1部に存続し続けているのは、まさに偉業と言っていい。

 前述の条件を満たしながらトップカテゴリーを維持するためには、スカウト網を張り巡らせ、バスク生まれの選手がまだ幼い頃から目を付け、トップチームで通用するレベルにまで自らの手で育てるか、あるいは同じバスクのクラブから引き抜く必要がある。

 今回獲得したサナディは、バスク地方のビトリアで生まれ、地元クラブのアラベスで育った。一般のスペイン人にとっては難解なバスク語も話せる。つまり、アスレティックでプレーするための条件を完璧に満たしている選手だ。

 今シーズン前半戦は、アラベスからレンタルに出された3部のバラカルドで11ゴールを挙げる活躍。身長192センチの大型ストライカーを、アスレティック・サポーターも大きな期待を持って受け入れた。

 ところが、SNSを中心に思わぬ誹謗中傷が渦巻く。

 スペインとモロッコの両方の国籍を持つサナディは肌が浅黒く、その外見はモロッコ人に近い。そのため、彼のアスレティック移籍が報じられると、「本当にバスク人? 違うと思うけど」「サッカーチーム? それともNGO?」「アスレティックが外国人選手を補強って、これはニュースじゃん!」といった、ヘイトクライムとも取れる批判がSNS上に殺到したのだ。

 念のために繰り返すが、もちろんこれはアスレティック・サポーターからの声ではない。 このクラブではイニャキとニコのウイリアムス兄弟のような「肌が黒いバスク人」がすでにプレーしているし、それはバルセロナでラミン・ヤマルやアレハンドロ・バルデなどがプレーしているのと同じだ。

バレネチェアには「テロ野郎!」の罵声が

バレネチェア(右)への暴言の背景にあるのは、かつてバスク地方に存在した民族組織ETAだ。バスク人に偏見を持つスペイン人は、今も少なからずいる 【Photo by Ion Alcoba Beitia/Getty Images】

 この国に暮らしていると、国籍はみな同じスペイン人とはいえ、個々のアイデンティティが異なることを実感させられる機会が多い。

 久保建英が所属するレアル・ソシエダも、アスレティックやアラベスと並ぶバスク州を代表するチームだ。先日、バレンシアのメスタージャ・スタジアムで久保が相手サポーターから人種差別的な侮辱を受けた一件は、日本のファンのみなさんの記憶に新しいだろう。

 ただ、日本で話題になったのは、主に久保に向けられた発言だったが、実際は一緒に試合前のウォーミングアップをしていたアンデル・バレネチェアもそのターゲットになっていた。

 久保には「中国人! 目を開けろ!」「おまえは中国人だ!」、バレネチェアには「テロ野郎(etarra)! 爆弾を仕掛けておきながらスペインで生きやがって!」「自分に爆弾を仕掛けて頭の中で爆発させろ!」といった侮蔑の声が飛んだ。

 ポーカーフェイスで意図的にこうした野次を無視していた久保だったが、「テロ野郎」の罵声には一瞬動きを止め、わずかに唇の端を持ち上げている。それは幼い頃からスペインの学校で学び、現在はバスクの地で暮らしている久保が、この国で“常識”とされている知識を得ていることが見て取れた瞬間でもあった。

 かつてバスク地方には、フランコ独裁政権の弾圧からの解放、さらにはスペインからの独立を目指す民族組織「バスク祖国と自由」(通称ETA)が存在していた。スペイン国王陛下の暗殺を図るなど、ETAによるテロ行為が行われていた時期があったのは事実だが、しかしすでに活動停止が発表され、現在は事実上、消滅している。

 メスタージャでのバレネチェアに対する暴言も、そうした歴史を踏まえてのものだ。ETAは消滅したが、バスク人に偏見を持つスペイン人は、今も少なからずいる。

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著者プロフィール

スペイン在住は四半世紀超え。1998年から通信員として情報発信を始め、スペインサッカーに関する取材、執筆、翻訳の仕事に従事してきた。2002年と06年のW杯、04年と08年のEUROなど国際大会も現地で取材。12年からFCバルセロナの公式サイト、ソーシャルメディアを担当する

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