F1王者ハミルトン「僕はもう速くない」発言の衝撃

柴田久仁夫

「車は速いが、僕は遅い」

カタールGP決勝レースでも精彩を欠き、12位に終わったハミルトン。それでもファンの声援に笑顔で応えていた 【(c) MercedesF1】

 世界チャンピオンが、あんな弱音を吐くものなのか。

 先週末のカタールGP。初日に行われたスプリント予選を総合7番手で終えたルイス・ハミルトンが、直後のF1公式インタビューで、「僕はもう速くない」とコメントした。具体的にどんなやりとりだったのか、少し紹介しよう。

ーー今日の予選は、どうでした?

ハミルトン 他の予選と同じで、最高とは言えなかったね。

ーー何がうまくいかなかったのでしょう?

ハミルトン 単純に僕が遅かっただけだ。

ーー明日の本予選、そして日曜日の決勝レース。こちらで挽回できるのでは?

ハミルトン いや、それもないだろう。まあポジティブな点は、車が速いことだ。だからジョージ(チームメイトのジョージ・ラッセル)は、ポールポジションが取れるんじゃないかな。

ーーあなたが走らせるのも、同じ速い車ですよ。

ハミルトン いや。僕自身がもう速くないからね。


 なんとか前向きなコメントを引き出そうとするインタビュアーに対し、あくまで弱気なハミルトン。F1を戦うドライバーたちは、皆が「世界一速いのは自分だ」という強烈な自負とともにここまで駆け上がってきたはず。史上最多タイ、7回のタイトルを獲得してきたハミルトンは、中でも突出した存在だ。それがここまで自分を卑下するとは、一体どうしてしまったのか。

なぜラッセルにかなわない?

ラスベガスGPを制したラッセル(右)を祝福するハミルトン 【(c) MercedesF1】

 確かに今シーズンのハミルトンは、チームメイトのラッセルに負け続けている。ここまでの23戦で、予選は5勝18敗。ラッセルがポールポジションを4回獲得したのに対し、ハミルトンは2回の3番グリッドが最高位。Q1落ちも3回喫している(ラッセルは1回のQ1落ち以外は、全てQ3進出)。

 何より深刻なのが、ラッセルとのタイム差だ。今回の「もう速くない」発言のきっかけとなったスプリント予選は、ラッセルより0.399秒も遅かった。そして翌日の本予選では、その差は0.436秒まで広がった。

 F1では「チームメイトより0.2秒遅かったら話にならない。マシン開発の参考にもできない」と言われる。そのレベルのさらに倍ほど遅いのが、今のハミルトンだ。ただしシーズン前半ベルギーGPまでの予選では、二人のタイムは0.1〜0.2秒前後で拮抗していた。

 それが夏休み明けオランダGP以降は、0.3~0.4秒以上と一気に広がった。その最大の要因は、「メルセデスマシンのナーバスな操縦性」にあると筆者は考える。平たく言えば、非常に運転しにくい車に(特にハミルトンにとって)なってしまったということだ。

 今季のメルセデスマシンW15は主にフロアの改良によって、シーズン中盤以降は優勝争いに絡めるほどに戦闘力を増した。具体的には車高を極限まで低くしてもバウンシング(激しい縦揺れ症状)が起きなくなり、その結果強大なダウンフォースを発生できるようになった。

 ただし路面の細かい凹凸や縁石への乗り方次第で、パフォーマンスは一気に落ちる恐れは常にある。その点は、ラッセルの方がまだうまく対処できている。ハミルトンが上述のインタビューで、「車は速いけど、僕は遅い」と言っているのは、そういうことなのだろう。

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著者プロフィール

柴田久仁夫(しばたくにお) 1956年静岡県生まれ。共同通信記者を経て、1982年渡仏。パリ政治学院中退後、ひょんなことからTV制作会社に入り、ディレクターとして欧州、アフリカをフィールドに「世界まるごとHOWマッチ」、その他ドキュメンタリー番組を手がける。その傍ら、1987年からF1取材。500戦以上のGPに足を運ぶ。2016年に本帰国。現在はDAZNでのF1解説などを務める。趣味が高じてトレイルランニング雑誌にも寄稿。これまでのベストレースは1987年イギリスGP。ワーストレースは1994年サンマリノGP。

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