激しい逆風にさらされる韓国代表 10月の連戦はホン・ミョンボ新体制の今後を左右する

W杯アジア3次予選の最初の2試合でパッとしない戦いを見せた韓国は、ピッチ外でも大きく揺れている 【Photo by Han Myung-Gu/Getty Images】

 9月に始まった2026年ワールドカップ(W杯)のアジア最終予選。日本がその連戦で怒涛のゴールショーを演じて素晴らしいスタートを切った一方で、宿命のライバル韓国は苦戦を強いられた。1勝1分と負けはしなかったものの、内容は芳しくなく、国内ではネガティブな論調が目立つ。だがそれに輪をかけて激しく非難されているのが、9月に再任したホン・ミョンボ代表監督の選定プロセスにかかわる問題だ。猛烈な逆風のなか、ホン・ミョンボ監督率いる韓国代表は10月の連戦でどんな戦いを見せるのか。

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「永遠のカリスマ」が「嫌われた英雄」に

 サッカー韓国代表が激しい逆風にさらされている。9月から始まった2026年W杯アジア最終予選では、ホームで迎えた初戦パレスチナ戦でまさかのスコアレスドロー。続く敵地でのオマーン戦も終盤のゴールで辛くも勝利するという厳しい内容だったが、より猛烈な逆風が吹き荒れているのは「ピッチの外」だ。

「韓国ホン・ミョンボ監督が国会で“就任デキレース”を否定」(東スポWEB)、「韓国の尹錫悦大統領まで参戦 サッカー韓国代表人選の過程を『鮮明に明かすべき』」(日刊スポーツ)など、日本でも韓国メディアの報道を元にした引用記事によって報じられているが、今年7月に韓国代表監督に就任したホン・ミョンボ監督と彼に白羽の矢を立てたKFA(大韓サッカー協会)が、激しい逆風にさらされているのだ。

 ホン・ミョンボといえば、かつては「永遠のカリスマ」として信頼を集めた韓国サッカー界のレジェンド。現役時代は4度のW杯に出場し、2002年大会では主将としてチームをけん引しベスト4進出に貢献。監督としても09年U-20W杯でベスト8、12年ロンドン五輪では韓国初の銅メダルをもたらした。A代表を率いた14年W杯ではグループリーグ敗退の挫折も味わったが、近年は蔚山HDを2年連続でKリーグ制覇に導いている。

 そんな実績とリーダーシップを評価されて10年ぶりに韓国代表監督に復帰したのだが、一部のサッカーファンや蔚山サポーターから猛烈な批判を浴びている。復帰初戦となったパレスチナ戦を現地取材したが、ソウルW杯スタジアムに設置されている大型ビジョンにホン・ミョンボ監督が映るたびにブーイングが起き、試合中でも「ホン・ミョンボ、ナガラ(出でいけ!!)」のシュプレヒコールが何度も起こった。「永遠のカリスマ」が「嫌われた英雄」になってしまう現実に、かの国の薄情さを垣間見た思いだった。

元Jリーガーでもあるパク・チュホの告発をきっかけに…

渦中にあるホン・ミョンボ監督。代表監督選定をめぐる“闇”は、もはやサッカー界にとどまらず社会問題になっている 【写真:ロイター/アフロ】

 なぜ、ホン・ミョンボは叩かれているのか。それは、監督選定プロセスに起因する。

 そもそも韓国代表の新監督選びは難航していた。23年3月の就任時から「過去の人」「アメリカで在宅勤務の代表監督」「無色無臭の戦術」など批判が多かったドイツ人のユルゲン・クリンスマン監督が、アジアカップ(24年1~2月)の準決勝敗退という結果により解任されたが、それ以上にショッキングだったのは、同大会の準決勝前日の宿舎で主将ソン・フンミンと新鋭イ・ガンインが些細なことでつかみ合いの喧嘩をしていた“ピンポン事件”が発覚したことだった。

 戦術だけではなく規律や韓国的美徳であるはずの礼儀やモラルすらも崩壊してしまった代表チームを再建すべく、KFAはW杯でのコーチ経験も豊富なチョン・ヘソン氏を委員長に据え、Jリーグでも活躍したコ・ジョンウン(Kリーグ2・金浦FC監督)、ユン・ジョンファン(Kリーグ1・江原FC監督)らを委員に選出して国家代表戦力強化委員会を結成。同委員会が監督選定作業を進めたが、これが難航を極めた。

 例えば4月にはザルツブルクやRBライプツィヒ、リーズ・ユナイテッドなどを率いたジェシー・マーシュ(現カナダ代表監督)と交渉したが、最終的には年俸などの基本条件で折り合わず交渉が決裂。イラク代表のヘスス・カサス監督、元ボタフォゴ監督のブルーノ・ラージ(現ベンフィカ監督)らも候補に挙がったものの、具体的な交渉には至らなかった。3月と6月のW杯アジア2次予選では、韓国人監督(3月は当時U-23代表を率いていたファン・ソンホン、6月はキム・ドフン)が暫定的に指揮を執ることでその場を凌いだが、いつまでも暫定体制を続けるわけにはいかない。

 そこで戦力強化委員会は6月だけでも3度の会議を行い、あらためて監督候補たちについて協議し、最終的に前ギリシャ代表指揮官のグスタボ・ポジェ、前ノリッジ・シティ指揮官のデイビッド・ワグナー、そしてホン・ミョンボの3人に候補者が絞られた。

 だが、ここからが問題だった。チョン・ヘソン委員長は総合点数が最も高かったホン・ミョンボをKFA首脳部に推したが、難色を示されたため委員長を辞任。戦力強化委員会の一部の委員もこれに続く形で辞任するという混乱が起きた。選定作業をこれ以上遅らせたくないKFA首脳部は、技術委員会のイ・イムセン委員長に監督選任の業務を任せ、外国人候補者との面接のために欧州行きを指示する。

 同じ頃、事情を聴いたホン・ミョンボはやや感情的に「蔚山のファンたちが心配するようなことはない」と代表監督職に関心がないと語り、クリンスマン更迭から3カ月が過ぎても後任を決められないKFAをチクリと批判して「イ・イムセン委員長とも会わない」と公言していたが、数週間後に前言撤回。ポジェ、ワグナーと面談するも手応えを得られずに帰国したイ・イムセン委員長と会い、熱心な説得とKFAが新たに掲げる各世代共通の強化フィロソフィー「MIK(メイド・イン・コリア)プロジェクト」に挑戦心に駆り立てられ、韓国代表監督職の受諾を決心する。イ・イムセン委員長から報告を受けたKFA首脳部も、もはや待ったなしの状態にあっただけに異論はなかった。

 こうしてホン・ミョンボは7月にKFAから正式打診され受諾し、KFA理事会も最終決裁権者であるチョン・モンギュ会長の参加のもとで承認したが、裏切られたと感じた一部の蔚山サポーターが「嘘つきホン・ミョンボ」と罵って猛反発。さらに戦力強化委員会の1人だったパク・チュホ(元Jリーガーで現在はサッカー解説者)が「私は知らされていなかった。正規の手続きを踏んでいない」と告発したことが口火になってさまざまな憶測が飛び交い、選定プロセスが一気に「嫌疑対象」となったのだ。

 9月25日にはホン・ミョンボ監督、チョン・モンギュ会長、パク・チュホはもちろん、チョン・ヘソン前国家代表戦力強化委員長やイ・イムセン技術委員長など監督選定作業にかかわった関係者たちが、国会の文化体育観委員会に召喚されて国会議員たちからの質問攻めに遭った。

 文化体育観光部(日本の文部科学省に相当)は韓国のスポーツ行政を統括しており、社団法人であるKFAもその管轄下にある。尹大領の指示も見せかけだけの政治パフォーマンスに近いものだろうが、KFAとしては韓国政府から国民体育振興基金(財源はサッカーくじ)として年間約110億ウォン(約12億円)の補助金(=税金)を受けているだけに、政府からの監査という名の干渉を無視できない立場にある。

 こうした政治介入もあってホン・ミョンボ監督の選定プロセスはスポーツニュース枠ではなく、『9時のニュース』などテレビ各局のプライムタイム報道番組でも取り上げられるほどの社会的イシューに発展してしまったのだ。

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著者プロフィール

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。著書『ヒディンク・コリアの真実』で2002年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書に『祖国と母国とフットボール』『イ・ボミはなぜ強い?〜女王たちの素顔』のほか、訳書に『パク・チソン自伝』など。日本在住ながらKFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)に記者登録されており、『スポーツソウル日本版』編集長も務めている

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