井上拓真との12年ぶりの決戦迫る堤聖也 戦ってきた相手の思いも拳に乗せ、世界奪取を誓う

船橋真二郎

堤聖也(左)と「1995世代」の戦友で元アマチュア世界王者の坪井智也(右)。井上拓真戦に向け、強力な援軍のひとりとなった 【写真:船橋真二郎】

 ボクシングファン、あるいは井上尚弥ファンの視線が東京ベイサイドの有明アリーナのリングに集まっていた9月3日の夕刻。WBA世界バンタム級2位の堤聖也(角海老宝石/28歳、11勝8KO無敗2分)は東京・練馬の三迫ジムにいた。前WBA・WBC世界ライトフライ級統一王者の寺地拳四朗(BMB)とスパーリングで手合わせするためだった。

「だから、練習が終わって、すぐに後追いで中継を見ました。情報は一切、遮断して」

 堤が気になっていたのはWBO世界バンタム級タイトルマッチ。もちろん、自身の階級の戦いということもある。それ以上に王者の武居由樹(大橋)に挑むのが比嘉大吾(志成)だったからだった。スリリングな戦いの果てに判定で敗れ、実に6年5ヵ月ぶりとなる王座奪還はならなかったが、「感動的な試合でした」と振り返り、勝負の分岐点となった最終ラウンドに触れた。

「僕の採点は武居選手だったんで。あそこで分かれたなと思いました。(比嘉サイドは)勝ってると思ってね、ああいう感じ(逃げ切りを図る形)にしたと思いますけど。そこで一発もらって、となって、あの状況でキープを意識しちゃうと絶対に落ちるんで。上げて、上げて、でちょうどいい、キープできるんじゃないかなと思うんですよ。けど、ムズいっすよね。勝ってると思ってたら、武居選手相手だと(攻めて出るのは)リスクがハンパないんで……」

 戦ってきた相手に対する思いが人一倍強いボクサーである。アマチュア時代にしのぎを削った「1995世代」の同い年のライバルたちへの思い入れもまた。その思いが堤の力にもなってきた。

 高校時代の九州大会では堤が2勝、プロでは2020年10月のノンタイトル戦で接戦の末に引き分けと、両方に当てはまるのが比嘉だった。

比嘉大吾から「次は堤の番だぞ」

 7月7日の両国国技館。“世界前哨戦”を終えた堤が会見場に向かう通路でばったり比嘉と会い、しばらく談笑すると、スマホのカメラに一緒に収まりながら、「そういえば、俺たち、同じ階級のライバルじゃん!」と屈託なく笑い合う光景が見られた。

「(比嘉とは)統一戦をしたかったです。統一戦はサバイバルマッチじゃなくて、頂点を決める戦いだから、また違うなと思って。だったら、やりたいなと思ってました」

 武居戦後の記者会見も配信を通して見た。すっきりとした表情で「やりきった」と口にする比嘉に「ほんとにいい顔してたから。素直にお疲れさま、という気持ちだった」と柔和な表情を浮かべた。

「で、大吾に連絡したんですよ。お疲れさん、また飯でも行こうやって。そしたらね、大吾から『次は堤の番だぞ』って」

 練習拠点にしている江古田のDANGANジムに堤を訪ねたのは、井上拓真(大橋)との“再戦”まであと1ヵ月を切った9月中旬、同い年で、やはり高校時代に対戦したことのある元アマチュア世界王者の坪井智也とのスパーリングの日だった。新たにパートナーを務めるジェーソン・モロニー(豪)が前夜に来日。軽めのジムワークで汗を流し、堤と坪井の熱のこもった6ラウンドを見守っていた。

 坪井も、ジェーソンも、堤の大一番に自らサポートを買って出てくれたという。戦友の坪井は堤が苦境にあった時期、間接的に救ってくれた“恩人”でもあった。ジェーソンとは、彼がWBO世界バンタム級王者として、武居との防衛戦を控えていた今年3月中旬から4月下旬にかけての約1ヵ月半、堤がオーストラリアに滞在し、スパーリング相手を務めた間柄だった。

 熱望してきた拓真との世界初挑戦に向け、「発表されて、もっと気持ちが上がるかなと思ったけど、意外といつもの試合と変わらず平常心」と堤。「世界戦まで間近というところまで来たけど、自分がすごいところまで来た感覚はまったくない」という以前の言葉がオーバーラップした。その中で「トレーニングは過去イチの負荷、過去最高の質でできている」と充実の表情を浮かべていた。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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