Bリーグ史上最大の“下剋上”を達成 「試練」「SNS」を力に変えた広島ドラゴンフライズ

大島和人

広島が2度目のCS出場で初優勝を決めた 【(C)B.LEAGUE】

 2024年5月の広島ドラゴンフライズほど、バスケットボール界で「下剋上」の言葉が似合うチームはない。レギュラーシーズンとは、いい意味で別のチームになっていた。

 広島は西地区3位の「ワイルドカード」で2023-24シーズンのB1チャンピオンシップ(CS)に出場。クォーターファイナル(1回戦)で中地区王者・三遠ネオフェニックスに連勝すると、セミファイナル(準決勝)は西地区王者・名古屋ダイヤモンドドルフィンズを2勝1敗で撃破。ファイナル(決勝)も昨シーズンのB1王者で西地区2位の琉球ゴールデンキングスを2勝1敗で退けた。

守備が広島の勝因に

 B1は「格差」が小さいリーグで、CSに出場している時点で優勝のチャンスは間違いなくある。しかし広島はCS出場がまだ2度目で、初出場の昨季はクォーターファイナルで千葉ジェッツに敗れていた。このような大舞台でカギになる経験値は必ずしも高くない。

 さらに今季はエース格のポイントガード(PG)寺嶋良が3月に右膝を負傷し、CSも出場できなかった。今思えば4月、5月と広島も悪くない戦績を残していたのだが、西地区は名古屋Dが終盤戦で驚異的な快進撃を見せていて、その影に隠れていた。

 CSのMVPに輝いた山崎稜はこう振り返る。

「シーズンの中盤、CSが見える位置に来た頃には、チームケミストリーがもう素晴らしいものになっていて、選手それぞれがお互いを信じていました。それでも広島がまさかここまで上がると思っている人は、誰もいなかったと思います」

 広島はファイナル第1戦を62-74で落としたものの、第2戦を72-63と取り返していた。文字通り「優勝決定戦」となった第3戦は65-50というロースコアが示すように、まずディフェンス(DF)が勝利の決め手となった。

 山崎は言う。

「DFが全てだったかなと思います。前半を29点に抑えて、この上ないDFをしましたし、僕たちが後半に強いのはもう自分たちで分かっています。やり続けて、さらに後半また強度を上げていけました。たとえリードされそうになったり、追いつかれそうになったりしても焦りはなく、自分たちのDFには自信を持ってできていました」

「変則DF」を支えた河田チリジ

河田は南アフリカ出身で、2015-16シーズンから日本でプレーしている 【(C)B.LEAGUE】

 広島はオーソドックスなマンツーマンDF以外に「2-3」のゾーンDFを使い、さらに変則的なオプションも効いていた。それはカイル・ミリングヘッドコーチ(HC)の言葉を借りれば「ゾーンのマッチアップDF」で、ゾーンの構えで相手の攻撃を迎え撃ちつつ、オールスイッチで相手を離さない戦術だ。

 マークのスイッチ(受け渡し)をすると小さい選手が大きい選手に対応する、逆にパワフルな選手が速い選手に対応するといった「ミスマッチ」が増える。一方でズレが生じないため、オープンな状況からのシュートを減らすことができる。

 ミリングHCはこう説明する。

「基本的にチリ(河田チリジ)がいるとき、そういったスイッチDFをやっています。シーズンを通してやり続けていたことですが、やっているうちに精度の高いDFが構築されたと思います。もちろんマンツーマンのDFもやりますし、2-3ゾーンもやりましたが、(相手の)リズムを崩す意味で使い始めたものです」

 河田チリジは34歳で、208センチ・122キロのビッグマン。今季の開幕直後に日本国籍を取得し、新たに広島の選手として登録された。特にオフェンス能力が高い選手ではないがパワーと高さ、機動力を兼備している。ドライブ、ポストアップへの対応が優れていて、彼は変則DFのキーマンになっていた。

 ミスマッチがあったらそこを突くことはバスケの定石だ。しかし「強引に突くけど決まらない」状況が続き、琉球の攻撃はある種の自壊を起こしていた。

「ノコノコブーム」が山崎、広島の力に

山崎の人柄が、ファンも巻き込むモメンタムを生み出した 【(C)B.LEAGUE】

 広島の攻撃を見ると、どちらかといえば脇役だった二人が主役になった。まず、メインのPGに繰り上がった中村拓人が完璧に役割を果たした。CSを通してコンスタントな活躍を見せ、第3戦も32分38秒の出場で12得点を記録。正確なフックシュート、3ポイントシュートで広島の得点源にもなっていた。

 中村はまだ23歳で、184センチと日本人PGの中ではサイズにも恵まれている。SNSなどで彼の「日本代表招集」を期待する発信も見かけたが、今回のCSは彼自身にとっても飛躍のきっかけになるだろう。

 シューティングガード(SG)の山崎は、それ以上に誰もが驚く活躍を見せた。31歳の彼は3ポイントシュート、DFに強みを持つ渋いプレイヤー。それが今回のCSは1試合平均13.9得点とチームの「稼ぎ頭」となり、3P成功率は脅威の56.0%。シュートを決めるというシンプルにして重要な仕事を全うした。

 今回のCSはプレーとは関係のないところでも、山崎が主役になっていた。まずBリーグがCSに向けて用意したプロモーション用の画像に山崎が抜擢され、広島のファンから強めのツッコミが入った。それは山崎をスーパーマリオシリーズに登場する脇役キャラ「ノコノコ」に例え、なぜ主役の選手を起用しないのか?というある意味で当然の疑問だった。いわゆる「炎上」になりかねない、ちょっとした火種でもあった。

 しかし本人が「山崎ノコノコ論」に乗り、ほのぼのした空気を演出。これがバスケ界全体を揺るがす?一大ムーブメントとなっていく。決勝戦の会場・横浜アリーナはノコノコのぬいぐるみを持参する広島ファンであふれ、インターネット通販のサイトでは在庫切れが起こっていた。

 彼はファイナル終了後の会見でこう述べていた。

「あの投稿を見たとき、その方にも返したんですけど、まさか自分が『広島の顔』として使われると思っていなかったですし、本当に『ごめん』と思いました。こんな風にちょっとしたバズりをするとも思ってもいませんでした。結果として(ファンのSNS上の発信が)『ノコノコブーム』に火を点けてくれて、今となってはその方も僕の大ファンになってくれたそうなので、非常に感謝しています」

 そこで嫌味なく返せる、乗れる「人柄」も山崎の強みに違いない。「ノコノコブーム」は山崎の注目度を上げ、そのモメンタムがプレーにも好影響を及ぼした。そこも広島の勝因と言っていいだろう。

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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