キャプテンの朝山正悟は中村、山崎の活躍についてこう述べる。

「本当に頼もしかったですね。中村がここまで来たのは（寺嶋）良の怪我があったからこそでもあると思います。良が怪我をして、あれだけプレータイムを中村が持って、そこに責任も生まれて、一気に成長した。こういうアクシデントを自分の力にできる選手は必ず伸びる選手だと思います。そこは山崎も一緒です。普段の努力も当然そうですけど、一つのきっかけを自信に変えて、またそれを自分の躍進につなげていました」

　今季の広島はシーズンの序盤戦でつまずき、終盤戦は寺嶋の負傷もあった。しかしそんな試練が、力になるときもある。朝山は言う。

「優勝するときは『何か』があります。それが何かというと一つではなくて、単体で見るとチームにとってマイナスになるような出来事も何か力に変えていけるのが、優勝するときの雰囲気です」

　42歳の朝山は今季限りの引退を開幕前に発表していた。ファイナルの3試合は出番こそなかったが、精神的支柱としてチームを支えた。「朝山に花道を飾らせる」ことも、チームにとってモチベーションだった。

　今回のCSについては主力の負傷、SNSの盛り上がり、キャプテンの引退といった様々な因子が、すべて広島の力になっていた。

　広島は「B2経験があるクラブ」として初めてB1のCSを制した。

　朝山が広島に加入したのは2015-16シーズン。Bリーグは開幕する前で、広島は2014-15シーズンからNBL（当時のトップリーグで、bjリーグと分立していた）に参入した新興クラブだった。今ほどバスケ人気が定着していない当時、大企業の母体を持たないクラブの経営は総じて厳しかった。

　広島はNBLで善戦しつつ、Bリーグ初年度（2016-17シーズン）は経営不安からB2に振り分けられている。それでも佐古賢一HCの下、同シーズンのB2は3位に入り、B1・B2入替戦に臨んだ。しかし横浜ビー・コルセアーズに完敗して昇格を逃すと、翌シーズンは佐古に変わって就任した外国人HCとアシスタントコーチ（AC）が早々に退任。朝山はHC代行に就任し、同じく選手兼任の山田大治がACを務める体制でB2の2季目を乗り切った。

「その時期が一番キツかったかもしれないですね。HCを兼任でやらせてもらったことだったり、クラブが傾きかけたり、本当に当時は苦しいことばっかりでした。ただそういった一つ一つの経験が、今の自分自身もそうですし、チームの財産になっているのかなと思います」（朝山）

　2018年12月にNOVAホールディングス株式会社がオーナーとなり、クラブは経営危機を脱出。新たな投資を得て、広島は2020-21シーズンからB1で戦っている。今季の観客数は平均4,618人まで増えている。筆者もホームの広島サンプラザホールに足を運ぶたびに観客、メディアの「熱」を実感してきた。すべては苦しい時期に、コート内外でクラブを支えた人々の奮闘が起点になっている。

　広島にはプロ野球のカープ、Jリーグのサンフレッチェがある。ドラゴンフライズがエンターテインメントとしてそこに「並んだ」と言ったら早計だが、近づいていることは間違いない。

　広島での9シーズンを最高の形で終えた朝山はこう述べる。

「僕が来たとき、当時はミスターバスケットボールの佐古（賢一）さんがHCにいて、竹内公輔（現宇都宮ブレックス）もいる中で、（観客数が）本当に500人、600人のレベルだったんです。ただ『スポーツ王国・広島』というところに目を向けると、すごく可能性のある地域でした。自分たちは徐々に認知されてきていて、この優勝をきっかけに先輩方のプロチームたちに少し近づけたのではないかなと感じます。これが広島の盛り上がる一つのきっかけになったら、本当に嬉しいです」