宇野昌磨が歩んだ、理想のスケーターに近づく道程 2016年「ボストンの涙」から、2024年「モントリオールの笑顔」へ
「自分で練習を否定してしまった」悔しさが残った2016年世界選手権の宇野 【Photo by Billie Weiss - International Skating Union/International Skating Union via Getty Images】
初めての世界選手権は7位、涙で終える
シニアデビューシーズンで出場を果たした初めての世界選手権は、宇野にとって悔しさの残る試合となった。ショート4位とメダルを狙える位置で臨んだフリー、宇野は4回転で転倒するミスがあり、総合7位に順位を落とす。
宇野は、フリー後のミックスゾーンに涙の跡が残る顔で現れた。
「あれだけ練習してきたのに自分でその練習を否定してしまったことが、本当にすごく悔しいです」
初の世界選手権に臨む緊張の中「これまであんなに練習してきたから、きっと練習してきたものが出るんだ、出せるように頑張る」と信じた宇野の落胆は大きかった。
このとき味わった悔しさを起爆剤にして世界で初めて4回転フリップを成功させた宇野は、2017年世界選手権で銀メダルを獲得。2018年平昌五輪、2018年世界選手権でも銀メダルを手にし、世界トップクラスのスケーターとなった。
順風満帆にみえた宇野の競技人生は、しかし結果への過剰な意識によって苦しいものになっていく。さいたまスーパーアリーナで行われた2019年世界選手権に、宇野は「この試合に、僕は初めて結果を求めて入りたいなと思っています」と宣言して臨んだ。しかし、ショート・フリー共にミスが出て総合4位になり、表彰台に上がることはできなかった。
フリー後、さいたまスーパーアリーナのミックスゾーンで、宇野は時折涙声になりながら、自らに対する深い失望を口にした。
「僕は今、本当に正直な気持ちで答えると、『結果を求めて』『1位になりたい』と言っていた自分がこのような演技をしてしまうと、恥ずかしい」
翌2019-20シーズン開幕まで宇野の苦悩は続いており、「昨季は辛い試合が多かった」と振り返っている。
「終わった後に『すごく嬉しかった』という機会も少なかったし、楽しかった試合もなかった」
幼い頃から師事してきた山田満知子コーチ・樋口美穂子コーチの下を離れ、メインコーチをおかない方針で臨んだ2019-20シーズンは、選手生活で最も苦しいシーズンだった。グランプリシリーズ・フランス杯ではジャンプに苦しんで8位に終わり、宇野にとって初めて表彰台に立てないシニアのグランプリシリーズとなった。
どん底にいた宇野に滑る楽しさを思い出させてくれたのは、新たにコーチとなったステファン・ランビエール氏だった。笑顔を取り戻した宇野は、ランビエールコーチをはじめとする周囲のために結果を残そうと考えるようになっていく。
2021年世界選手権(2020年世界選手権はコロナ禍で中止)の順位は2019年大会と同じ4位だったが、ランビエールコーチと共に大会を戦った宇野には、笑顔が絶えなかった。
「毎日の積み重ねを笑顔で終えられる選手になれた」最後の世界選手権
「世界選手権に向けて練習してきたすべてが、この笑顔につながっている」と宇野 【写真は共同】
引退会見で“いい思い出”を問われた宇野は、2022年世界選手権で優勝した際のランビエールコーチの姿を挙げている。
「やっぱり世界選手権で初めて優勝した後、ステファンの喜んでいる姿というのは、すごく自分にとっても鮮明に記憶に残る思い出かなと思います」
その翌シーズン、宇野は圧倒的な強さで走り続け、さいたまスーパーアリーナで開催された2023年世界選手権では連覇の偉業を果たす。
そしてラストシーズンとなった今季に、宇野は「今僕がこういう結果を残せたからこそ、自分がやりたいスケートを目指したい」という思いで臨んだ。自らが憧れたフィギュアスケートの原点である表現と技術の両立に挑戦した今季、国際大会での優勝はなかったものの、グランプリファイナル2位・世界選手権(モントリオール)4位と世界トップクラスの成績を残している。
引退会見で、宇野は「僕としては、今本当に満足している気持ちしか残っていない」と最後のシーズンを振り返った。
「この今写し出されている映像も、世界選手権終わった直後の写真なんですけれども、すごく満足そうな、やり切ったという顔をしているので。もちろんスポーツ選手なので、結果を一番大事だと思う部分もあるかもしれませんけれども、こうやって、結果が振るわなかったときもこれだけの笑顔、この写真だけ見たらすごく幸せそうなので。『それだけじゃないんだよ』というところも、また一つみえたところなのかなとは思います」
「世界選手権に向けて練習してきたすべてが、この笑顔につながっているのかなとは思っていて。昔は練習した分だけ試合でできなかったとき『悔しい』と落ち込んだりしていたんですけど、長年、21年間フィギュアスケートをやってきて、毎日の積み重ねをしっかり笑顔で終えられる選手になれたんだなというのは、小さい頃、僕がこうなりたいなと思っていたスケーターにも一歩近づけたんじゃないかな」
「最後の一年間を通しても、どの試合も全力で取り組んだ末の演技になったかと思うので。もちろん成功・失敗、たくさんあったかもしれませんけれども、僕にとっては両方等しく、失敗も成功も自分にとって宝物のような時間になったんじゃないかなと思います」
最後の試合となった今季の世界選手権を終えた26歳の宇野がみせた清々しい笑顔は、21年間の競技生活を通して、常に全力でスケートに取り組んできたことの証明だといえる。