ブノワ・リショーの革新、シェイ=リーン・ボーンの情熱 フィギュアスケートの芸術性を支える、振付師という存在

沢田聡子

シャオ・イム・ファと共に斬新なプログラムを創っているリショー氏(左) 【Photo by Jurij Kodrun - International Skating Union/International Skating Union via Getty Images】

片手側転の“生みの親”、ブノワ・リショー

「スケートは僕にとって、情熱と人生そのものです」

 2月に行われたISU(国際スケート連盟)フィギュアスケーティングアワード2024で最優秀振付賞に選ばれたブノワ・リショー氏は、そう語った。

「スケート界で自分の創造力を発揮できることは、とても幸運です」

 スポーツと芸術の融合であるフィギュアスケートにおいて振付師が重要な存在であることは、ISUフィギュアスケーティングアワードに最優秀振付賞が設けられていることからも分かる。2020年から行われているISUフィギュアスケーティングアワードで、最優秀振付賞が授与されたのは2020、23、24年の3回。今までに受賞した振付師は、シェイ=リーン・ボーン氏(2020、23年)とリショー氏(2024年)だ。

 アイスダンサーだったフランス人のリショー氏は、コンテンポラリースタイルの振付を得意とする。過去に使われていないような曲を選び、斬新なプログラムを創作して世界を驚かせてきた。2020-21シーズン(2021-22、2022-23シーズンも継続)に振り付けた紀平梨花のショート『The Fire Within』で取り入れて話題になった片手側転は、今や多くのスケーターがプログラムの中でみせる動きとなっている。

 2018年平昌五輪シーズンから2022年北京五輪シーズンまで振付を担当した坂本花織のプログラムでは、2019-20シーズン(翌季も継続)のフリー『マトリックス』で、印象的な動きを生み出した。フリーレッグを高く上げたままジャッジの目前を滑っていく所作には、坂本にしか出せないスピード感とスリルがあった。

 現在リショー氏の美学を体現している代表的なスケーターは、同じフランス人であるアダム・シャオ・イム・ファだろう。リショー氏はシャオ・イム・ファと長い期間共に練習をしており、彼のスケーティングスキルを変化させたという。今季シャオ・イム・ファに振り付けたフリーは、ISUフィギュアスケーティングアワード2024でエンターテインメント・プログラム賞を受賞している。

 銅メダルを獲得した今季世界選手権のフリーで、シャオ・イム・ファは現在のルールでは禁止されているバックフリップを披露した。賛否両論が起こったバックフリップの実施について、リショー氏は肯定的な意見を持っていることが報じられている。リショー氏は、フィギュアスケートに新たな風を吹かせようと目論んでいるのかもしれない。

スケーターの思いを大切にするシェイ=リーン・ボーン

ボーン氏は、プロスケーターとしても活躍 【写真:松尾/アフロスポーツ】

 シェイ=リーン・ボーン氏は、エネルギッシュな振付師だ。カナダ出身のボーン氏は、アイスダンサーとして2003年世界選手権で金メダルを獲得している。世界的に有名な振付師となった今もプロスケーターとして滑り続けるボーン氏は、日本のアイスショーにも定期的に出演している。情熱的な彼女の演技が観る者に高揚感をもたらすのは、滑ることを心から楽しんでいるからだろう。

 振付師としてはモダンな曲に乗せたダンサブルなスタイルを得意とするボーン氏だが、一番大切にしているのは、選手が自分自身を表現できるプログラムを創ることかもしれない。

 ボーン氏の代表作といえるのは、連覇を果たした2018年平昌五輪で羽生結弦が滑ったフリー『SEIMEI』だろう。羽生自身が選曲し、日本を表現したいと考えていた『SEIMEI』は、ボーン氏が羽生の意志を尊重して振り付けたことで、歴史に残る傑作となった。羽生の精神性が反映されていたからこそ、『SEIMEI』は多くの人の心を動かしたのだろう。

 鍵山優真のショート『Believer』は、“かっこいい”振付を望んだ鍵山の思いにボーン氏が応えて完成した。2022-23シーズンのプログラムとして用意された『Believer』だったが、昨季鍵山は怪我に苦しめられ、1試合しか出場できなかった。今季も継続して『Believer』を滑る決断をした鍵山は復調を遂げ、プログラムを進化させていく。銀メダルを獲得した世界選手権では成長した鍵山の力強くシャープな所作が印象的で、新境地を開いた作品となった。

 また、ボーン氏は三浦佳生の今季フリー『進撃の巨人』も手がけている。三浦がアニメ好きであることをボーン氏に伝えたことから、『進撃の巨人』の曲を使う流れになったという。持ち前の疾走感あふれる滑りが堪能できる『進撃の巨人』は、三浦佳生というスケーターを世界に印象づけた。今季世界選手権代表にも選ばれた三浦は、好きなアニメのキャラクターに扮したからこそ、プログラムに深く入り込んでいけたのかもしれない。

 2022年に放送されたドキュメンタリー番組で、ボーン氏は振付という仕事について熱く語っている。

「自分自身を解放させること、そして光を内に秘めた人達とつながる機会を与えてくれる。彼らの光を見つけ出して、より遠くの世界へ連れていくことができる。それが、振付なんです」(NHK BS1『フィギュアスケート 魂の振付師 シェイリン・ボーンのメッセージ』より)

 革新的なプログラムを世に問い、選手の内面を氷上に描き出す。振付師の情熱が、フィギュアスケートの芸術性を支えている。
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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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