車いすバスケットボール・鳥海連志が得た「気づき」 パリ大会で目指す“有観客”でのメダル獲得

宮崎恵理

男子車いすバスケットボール界では今や“主役級”の鳥海は、大きな大会で結果を残すことはもちろん、競技の普及・浸透への意識も高い 【スポーツナビ】

 鳥海連志、24歳。3年前、東京2020パラリンピック大会最終日に行われた男子車いすバスケットボール決勝戦でアメリカと対戦し、わずか4点差という激闘の末惜敗し銀メダルを獲得した。クラス2.5点の鳥海は、金メダルのアメリカチームを押しのけて大会MVPを獲得。世界的な感染拡大が続いていたコロナ禍での無観客試合だったが、決勝戦終了後、鳥海のインスタグラムのフォロワー数は一気に5万人を超えた。

 東京大会の翌年となる2022年9月、U23世界選手権がタイで行われ、日本男子は念願の優勝を果たした。さらに2023年10月に開催されたアジアパラ競技大会では、宿敵・韓国を決勝戦で下してこちらも優勝。2年連続でタイトルを獲得し、世界に「強豪・ニッポン」を見せつけた。

パラスポーツ界の「アイコン」

 2023年12月21日、鳥海は自身も登場したWOWOW『WHO I AM』のフォーラムイベントにゲストスピーカーとして登壇。司会の案内で鳥海がステージに姿を見せると、客席から「レンシ~!」という声が会場に響き渡った。東京大会以降、出場する大会やイベントに、こうした熱心なファンが駆けつけている。

 鳥海は、2023年9月に所属していたWOWOWを退社し、プロ選手として独立した。

「車いすバスケでは香西宏昭選手というプロ選手がいますが、その後に続く選手はなかなか出てきませんでした。このままだと、東京パラリンピックで車いすバスケを見て、これから始めたいと思っている子どもたちが目指す”プロ選手”像が立ち消えてしまうかもしれない。そういう危機感がありました」

 車いすバスケットボールをもっともっと発展させていきたい。そのためには、アイコンとなるプロ選手の存在が不可欠だ。

「プレーもですが、それ以上にプレーと離れた場での発言や行動でも、憧れに値する“人格”を備えていること。僕が目指すのは、そういう存在です」

『WHO I AM』のプログラムからも東京大会の鬼気迫るプレーとともに、スタイリッシュなスチール写真で見せる義足の鈍い輝きや競技用車いすの動きに目を奪われる。ゆるぎない美学が放出されている。

 鳥海は、今や車いすバスケの、そしてパラスポーツ界の「アイコン」なのである。

“気づき”が大切なキーワードに

リオパラリンピック後にオールラウンダーとしてのスタメンという明確な目標を定めた鳥海は、東京パラリンピックのコートで躍動した 【Photo by Adam Pretty/Getty Images】

 長崎県で生まれた鳥海には、両手の指の欠損と両脚変形という障害がある。3歳の時に変形した両脚を膝下部分で切断し義足を使って歩くようになった。中学に進学して車いすバスケに出会うと、心優しき先輩たちに囲まれ、できないことの一つひとつを自分で工夫し克服する喜びに引かれるようにして、メキメキと頭角を表した。高校3年時に初出場したリオパラリンピックでは、まだ鳥海のプレータイムは少なく日本チームは9位に沈む。そこからスタメン、オールラウンダーとして活躍することを目指して東京大会までの時間を過ごし、そうして東京パラリンピックのコートで暴れまくった。

 鳥海のプレーには華がある。世界屈指のチェアスピードとボールハンドリング。ゴール下では片方のホイールを持ち上げて限界まで高さを保持するティルティングを武器に、攻撃でも守備でもリバウンドを成功させる。一方で、仲間のシュートの方が確率が高いと判断すれば、躊躇なくパスを出し、自分の方が確実に決められると思えば、敵をこじ開けて決めにいく。常に冷静にコートを見渡す目を持っている。東京大会以降、この鳥のような目がさらに磨かれた。

「東京パラリンピック、その後のU23世界選手権とメダルを継続する中で、自分が取り組んできたのは、チームメイトをより深く理解する、ということでした」

 練習でも試合でも、その日調子の良し悪しは誰にでもある。調子が上がらない仲間が、なぜ、その状況になっているのかを理解することが、結果的にチーム全体のパフォーマンスを高めることにつながる、と気づいたのだった。

「たとえば、家族や友人などプライベートな問題を抱えてプレーに集中できていない場合、単に集中しろ、というだけでは意味がありません。僕自身が仲間の問題を直接的に解決することはできないけれども、コミュニケーションを通じてその状況にあるということを理解することで、仲間を生かすことにつながります」

 目を配る、心を砕くことが、結果としてU23世界選手権の優勝に結びついたと、鳥海は確信している。

「“気づき”は、東京大会以降の僕の大切なキーワードになっています」

 2019年以降、コロナ禍によって中断していたクラブチーム日本一を決する天皇杯が、2023年再開すると、鳥海が所属する神奈川VANGUARDSが優勝した。日本代表だけでなく、クラブチームでも勝つことが当たり前というチームを作り上げていく。神奈川VANGUARDSのメンバーは、今や日本代表を支える軸になっている。

 一方で、3x3(3人制車いすバスケ)のイベントも新たに企画。東京・お台場、横浜のショッピングモールやイベント会場で行われるハーフコートでのプレーは、より展開がスピーディで、なにより、選手のすぐ近くで迫力あるプレーが見られると人気はうなぎのぼりだ。

「これまでパラスポーツや車いすバスケに興味関心がなかった人たち、あるいは興味はあるけれども大会会場に足を運んだことはないという人たちにフォーカスしています。ショッピングや散歩に来た人が、ふらっと車いすバスケを見て面白いと感じれば、車いすバスケを知らないという人を“減らしていく”ことにつながっていきますよね」

 テレビや動画配信だけでなく、直接観るという体験がもたらすパッションやワクワク感。鳥海が広めているのは、そうした日常の延長線上にある楽しみだ。地道な伝道の先に、前述したような熱心なファンが全国に広がっていった。

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著者プロフィール

東京生まれ。マリンスポーツ専門誌を発行する出版社で、ウインドサーフィン専門誌の編集部勤務を経て、フリーランスライターに。雑誌・書籍などの編集・執筆にたずさわる。得意分野はバレーボール(インドア、ビーチとも)、スキー(特にフリースタイル系)、フィットネス、健康関連。また、パラリンピックなどの障害者スポーツでも取材活動中。日本スポーツプレス協会会員、国際スポーツプレス協会会員。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』。

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