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マンチェスター・U凋落の元凶であるグレイザー一家 ファーガソンの栄光を錬金術に変えた米国人オーナーの大罪

森昌利

2012-13シーズンを最後にプレミアの覇権から遠ざかっているマンチェスター・U。今季も出だしで躓き、早くも優勝戦線から脱落した感が…… 【写真:ロイター/アフロ】

 イングランドきっての名門マンチェスター・ユナイテッドが、低迷期からなかなか抜け出せずにいる。最後にプレミアリーグを制したのは、名将アレックス・ファーガソン監督が有終の美を飾った2012-13シーズン。このシーズンを境にクラブは迷走を続け、今季も不甲斐ない戦いを繰り返している。凋落(ちょうらく)の元凶であるグレイザー一家がクラブの実権を握っているかぎり、明るい未来を描くのは難しい。

サポーターにとってグレイザー一家は“厄災”

NFLのバッカニアーズのオーナー、故マルコム・グレイザーがマンチェスター・Uを買収したのは2005年。現在は息子であるジョエル(右)とアブラム(左)の兄弟が実権を握る 【写真:Action Images/アフロ】

 カヴェ・ソルへコル。この名前を聞いて、いったいどこの国の人だろうと思う方は大勢いるだろう。このノルウェー系の名前を持つ男性はれっきとしたロンドン生まれのイングリッシュで、英国のフットボール・ファンならまず知らない人はいない、スカイ・スポーツのコメンテーターだ。

 英高級紙『ザ・タイムス』の元記者で、有力なニュースソースを持つジャーナリスト。現在は書くだけではなく、説得力のある語り口でプレミアリーグの様々な真実に迫るスター解説者である。

 このカヴェが先週、約4分間にわたってマンチェスター・ユナイテッドのオーナー、グレイザー一家を批判した。

 スカイ・スポーツの顔であるジャーナリストが近年のマンチェスター・Uの凋落に直結するアメリカ人オーナーの罪として指摘したのは、まず――これまでに何度も指摘されてきた話ではあるが――、2005年にグレイザー一家がクラブを買い取った際の7億9000万ポンド、現在の円安状況では約1500億円にも上る買収金すべてをマンチェスター・Uの負債にしたことに始まる。

 しかも当初は早期に切り替えるつもりで高金利の借金をした。ところが2008年のリーマン・ショックをきっかけとした世界的金融危機の影響で低金利のローンに組み替えることができず、イングランド史上最多の1部リーグ優勝20回を誇るクラブは18年間、全く身に覚えがない借金の利息を払い続けている。

 それ以外にもグレイザー一家がオーナーとならなければ発生しなかった支払いがある。株主に毎年支払われる配当金もその一つ。言うまでもなく最大の配当を得るのはグレイザー一家である。この他にも弁護士料等、様々な法的経費、手数料が発生しており、非常にざっくりとした金額ではあるが、ソルへコル曰く、グレイザー一家のオーナーシップでマンチェスター・Uが被る損失は「10億ポンドから20億ポンド(1900億円から3800億円)」に上るという。

 加えてマンチェスター・Uの負債は現在も5億ポンド(約950億円)も残っている。

 けれどもなぜ今さらスカイ・スポーツがこのようなグレイザー一家の批判をあらためて展開したのか。その理由は2つある。1つ目は今季の不振。昨季はリーグ戦開幕2連敗という最悪のスタートを切りながら、新任のエリック・テン・ハグ監督が辣腕を振るって、2023年2月26日に6年ぶりのトロフィーとなるリーグ杯優勝を果たすと、プレミアリーグでは最終的に3位となり、最大の目標である欧州チャンピオンズリーグ(CL)出場権を勝ち取った。

 ところが今季はここまで公式戦18試合を戦って、試合数の半分である9試合に黒星がついた。12戦ですでに5敗を喫しているプレミアリーグでは優勝戦線から早くも脱落。欧州CLのグループ戦では現在4試合を終えて1勝3敗の成績でA組の最下位に沈んでいる。

 こうしたチーム状態に加え、もう1つの理由として、昨年11月にグレイザー一家が宣言したクラブ売却が、最終的に英国人実業家ジム・ラドクリフ氏の株式25%買収という中途半端な形で決着したことがある。

 これで近年の不振の元凶となっているグレイザー一家がオーナーに留まることが確定した。しかもいつ、サポーターにとっては厄災のようなオーナーシップが終わるのか、全く見当もつかない状況になってしまっている。

新スポンサーのお披露目はハリウッド映画のプレミアのようで…

2013年7月にはロシアの航空会社アエロフロートとスポンサーシップ契約を締結。そのお披露目パーティーは、ファーガソン監督がチームを率いていた頃には考えられないほど豪華なものだった 【Photo by John Peters/Manchester United via Getty Images】

 筆者がマンチェスター・Uを追いかけたのは、2012年6月に日本代表MF香川真司の移籍が決定して、それから2014年8月までの2年間のことだった。

 実はこの2年間は、マンチェスター・Uに目に見える大きな変化が生まれた時期だった。筆者は香川を追ったことで、その変化をまさに目の当たりにしたのである。

 当時すでにグレイザー一家がオーナーになってはいたが、2005年から2013年までのマンチェスター・Uは、それ以前と同様、イングランド最強クラブの地位をしっかりと保持していた。しかしそれが、香川が移籍してきてちょうど1年後、2012-13シーズン終了と同時に、大地震が起こって頑強な超高層ビルが崩壊するかのように、激しく、明白に強豪の城が崩れ落ち始めた。

 その原因は言うまでもない。不世出の大監督、アレックス・ファーガソン監督が勇退したことである。この時点からクラブがある意味グレイザー一家の意のままに経営され始め、明らかに私物化され、利益を貪られて、かつての強さがどんどん失われていった。

 ここからは筆者の体験を記すことにしよう。マンチェスター・Uのいったい何が大きく変わって、あの強くて仕方がなかったクラブが凋落したのか、解き明かしてみたい。

 2013年秋、ある大衆紙の記事が筆者の目に留まった。それはファーガソン監督の後継者に指名され、ジョゼ・モウリーニョ(当時チェルシー監督)の『スペシャル・ワン』に対抗し、『チョーズン・ワン』(選ばれし者)と呼ばれたデイヴィッド・モイズが、「ファーギーも同じことをやっていたのか?」とクラブ関係者に尋ねたという内容だった。

 ファーギーというのはファーガソン監督の愛称である。それではいったい、何を「やっていた」というのか。それはスポンサー対応のことだった。

 2013年夏、ロシアの航空会社アエロフロートがマンチェスター・Uの新たなスポンサーとなった(筆者注/マンチェスター・Uとアエロフロートは10年間のスポンサーシップ契約を締結したが、ロシアのウクライナ侵攻により2022年2月25日に契約を解消した)。

 この時、マンチェスター・Uは大々的なレセプション・パーティーを開いて新スポンサーのお披露目を行った。

 まるでハリウッドの超大作映画のプレミアのような光景だった。スタジアムの真横に大きなテントが張られ、音響設備が整った特別会場が出現した。そのなかでシャンパンが振る舞われ、盛大な立食パーティーが開かれ、そこに日本人の末端記者である筆者も含めて大勢のメディアが招かれていた。さらに会場の中央には大きな雛壇が作られ、モイズ新監督をはじめ、マンチェスター・Uの一軍メンバーが勢揃いしたのである。

 同年11月に行われた高級時計ブランド、ウブロのお披露目にも驚いた。この時も4人だけが招かれた日本人メディアの中に潜り込んだ筆者は、マンチェスター郊外キャリントンにある練習場にいた。なんとそこに練習を終えた一軍選手が合流して、自由な取材が許されたのである。

 我々日本人記者はもちろん香川を囲んだ。ところがそこに合流したのがワンダーボーイのウェイン・ルーニーだった。この大スターの飛び入りに一番びっくりしたのは、チームメイトでありながらルーニーに敬意を抱いていた香川本人だった。

 そんな光景を見て、筆者も本当に信じられないという気持ちになったものだ。それはこのメディア対応が1年前とは比べものにならないほど、夢のような待遇だったからである。

 この1年前、御大ファーガソン監督が仕切っていたマンチェスター・Uのスポンサー対応は、まさに“塩対応”そのものだった。

 2012-13シーズン、日本最大のスターだった香川が加入したことで、多くの日本企業がマンチェスター・Uのスポンサーとなった。

 そのお披露目はいつも非常に簡素なものだった。会場はスタジアム内の小さな会議室。招待されて訪れたのはほぼ日本人記者だけ。英国人記者の姿を見た記憶がない。日本企業のスポンサー発表だったので、香川は毎回顔を出したと思う。しかしその度に取材ができたわけではない。できたとしても質問は3問だけ。もしくは2分という短い時間しか与えられなかった。

 ファーガソン監督が来たのは、確か1回だけだったと記憶している。しかもただそこに座っていただけ。挨拶もなく、記念写真に参加して、マンチェスター・Uのコマーシャル部門が作成した動画を流すだけで10分ほどのお披露目が終わると、さっさと会場を後にした。

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著者プロフィール

1962年3月24日福岡県生まれ。1993年に英国人女性と結婚して英国に移住し、1998年からサッカーの取材を開始。2001年、日本代表FW西澤明訓がボルトンに移籍したことを契機にプレミアリーグの取材を始め、2024-25で24シーズン目。サッカーの母国イングランドの「フットボール」の興奮と情熱を在住歴トータル29年の現地感覚で伝える。大のビートルズ・ファンで、1960・70年代の英国ロックにも詳しい。

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