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エヴァートン戦で勝ち点1をもたらした三笘薫の大仕事 困難極まるアウェー戦で見せた日本人MFの真価とは

森昌利

敵地でのエヴァートン戦。三笘のクロスが相手のオウンゴールにつながり、ブライトンは難しい試合で勝利にも等しい勝ち点1を獲得した 【写真:ロイター/アフロ】

 敵地グディソン・パークに乗り込んだ11月4日のエヴァートン戦は、ブライトンにとって非常に難しい試合となった。早い時間に先制を許して守りを固められ、悪天候によるピッチコンディションの悪さにも苦しんだ。しかし、1点を追う終盤に三笘薫のクロスが敵DFに当たってゴールへ。26歳の日本人MFが貴重な勝ち点1をもたらした。

エヴァートン戦は典型的な南北対決

 11月4日のエヴァートン戦がブライトンと三笘薫にとっていかに困難な試合だったか、まずはその背景から記していきたい。前置きが少々長くなるが、ここは少しばかりスペースを取らせてもらう。

 まず一つ目。それはエヴァートンがイングランドを代表する名門クラブであるということ。1部リーグの優勝回数は9回。これはマンチェスター・ユナイテッドの20回、リバプールの19回、アーセナルの13回に続き、近年日の出の勢いで優勝を重ねるマンチェスター・シティと並ぶ歴代4位の記録である。

 一番近い黄金時代は1984-85シーズン、1986-87シーズンと2度の優勝を果たした1980年代。とくに1984-85シーズンの優勝チームは人々にエヴァートン史上最強と記憶されている。

 サポーターたちは「このチームが出場していたら必ずヨーロッパ・チャンピオンになっていた」と断言して、欧州チャンピオンズリーグの前身である85年のUEFAチャンピオンズカップ決勝で『ヘイゼルの悲劇』を引き起こしたリバプール・ファンを恨む。なぜならこの悲劇のせいで、UEFAがイングランドの全クラブを対象に5年間の欧州戦出場停止処分を下したからだ。

 それはさておき、つまり何が言いたいのかというと、エヴァートンのサポーターは今も自分たちは「イングランド史上4位の強豪だ」と固く信じ、それに相応しい敬意を周りにも求めるということだ。ここ2シーズンは残留争いに巻き込まれたが、そんなことはお構いなしである。

 そして2番目。これは前々回のコラムで長々と綴ったが、エヴァートン・サポーターもフットボールに宗教的信心を寄せるリバプール人『スカウス』(リバプール名物であるごった煮のシチューのことで、同地の住人の気質を表す愛称)であるということ。だからして、本拠地グディソン・パークの雰囲気たるや、これまたすさまじいものがある。

 アンフィールド(リバプールのホームスタジアム)もすごいが、グディソン・パークの熱狂には近年のチームの不振も手伝い、やり場のない欲求不満や怒りも加わる。だからしばしば今にも暴動が起きそうな、獰猛で殺伐とした雰囲気にもなる。ちなみにパソコンに向かい合う寡黙な集団の記者席は、こうしたサポーターに囲まれ、スタンド内の孤島といった空間となり、その中に座っているとまさに「猛獣に囲まれている」という気分になる。

 そして3番目、それはイングランドの国民性が南北で分かれていることがある。首都ロンドンを中心とした南イングランドには富裕層も多く、あくまで北との比較だが、そこには洗練された社会が存在する。

 一方、北イングランドは完全なる労働者社会。正直さ、率直さが尊重されるが、南からすると“野卑”というイメージも強い。しかし北の人間は、洗練の蔭に隠れた二面性を持つ南の人間を“二枚舌で信用できない”と嫌う。

 実際、southerner(サウザナー=南の人)、northerner(ノーザナー=北の人)という言葉もあって、明確に区別されており、両者の間には反目もある。無論、フットボールに対する思いにも違いがある。

 それは娯楽が少ない北の労働者社会のサポーターが何よりもチームの勝利を尊重するのに対し、南はスタイルやエンターテインメント性も求めることだろう。

 とすれば、今回のブライトンとエヴァートンの対戦は典型的な南北対決だったと言えた。

徹底的に守るチームに早い時間帯に先制点を許して…

早々と先制したエヴァートンは、守りを固めてブライトンにサッカーをさせなかった。ダブルマークがついた三笘も思うようにプレーできず…… 【Photo by Jess Hornby/Getty Images】

 南のブライトンを率いるのは、ご存知イタリア人の知将ロベルト・デ・ゼルビ監督。前任のグラハム・ポッター監督が推進した、テクニカルなビルドアップを基盤にしたパスサッカーをさらに進化させ、イングランドにおける評価もうなぎ上りだ。ちなみに彼はペップ・グアルディオラの信奉者でもある。

 対するエヴァートンのショーン・ダイチ監督と言えば、これが古典的とも言えるほど、規律の高い守備を基盤にする指導者。かつてのプレミアリーグにはサム・アラダイスやトニー・ピューリスといった、この手の守って守って接戦に持ち込み、セットプレーで1点をもぎ取って逃げ切るという戦い方を好む監督が複数存在していたが、現在ではダイチ監督が唯一の生き残りと言っていい。

 この手の監督は、常に10人のフィールドプレーヤーに守備の意識を持たせ、強固なマークを崩さず、相手の攻撃をつぶすことを求める。相手に自由を与えることが何より我慢できない。当然、失点は極限の悪だ。するとそこには、ゴールの数で勝敗を決めるというスポーツの根本に反するような、まさしく“アンチ・フットボール”と呼ぶに相応しい肉弾戦を展開するイレブンがピッチ上に出現する。

 もちろん、まずは相手をゼロに抑えて敗戦を避けるという哲学は分かるし、今も有効だ。だが、現代のプレミアリーグでこの戦法を展開すると、そのチームに格下感が漂うのは否めない。勝利を目指し、優勝を目指すチームにはゴールが不可欠だ。一方、相手のゴールを否定することで自軍のゴールも乏しくなるこのスタイルは、まず0-0を目指す勝ち点1ありきのチームの戦法であり、大抵の場合、クオリティが欠けるチームがプレミアリーグ残留を最優先して選択するものでもある。

 当然ながら、見ていて胸が弾むようなサッカーとは言いづらい。

 しかし昨季、フランク・ランパード監督の下で残留争いに巻き込まれ、後任のダイチ監督がこれをしのいだエヴァートンのサポーターに選択の自由はない。とにかく勝ち点1でもいい、結果さえもたらせたら文句はない。そんな諦観にも激しさを込めて、かたくななまでにクラブを支える。小癪なサッカーをする南の新参者のブライトンなんかに負けてたまるかと。

 そんな名門のプライドと近年の不振からくる諦め、そして南に対する敵愾心(てきがいしん)が渦巻く観客席の目前で、ブライトンは前半7分に先制点を許してしまった。

 しかも先週の英国は暴風雨『ストーム・キアラン』が来襲した影響でどこも雨模様。スピードに緩急をつけて攻め上がりたいチームは滑るピッチに手こずった。そんな悪天候、悪条件の中、徹底的に守らせる監督が率いるチームにこんな早い時間帯に1点をリードされたらどうなるか?

 三笘にはこの後ずっと、右サイドバックのアシュリー・ヤングとボランチのジャック・ハリソンのダブルマークがついた。最終ラインが6名で構成されたエヴァートン陣内のラストサードには全くスペースがなかった。その上ダイチ監督がタッチライン近くで終始怒声を張り上げ、ブルーのユニホームを着た選手をサボらせず、容赦ないマークを決して緩めさせなかった。徹底的にアンチ・フットボールが展開されたのである。

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著者プロフィール

1962年3月24日福岡県生まれ。1993年に英国人女性と結婚して英国に移住し、1998年からサッカーの取材を開始。2001年、日本代表FW西澤明訓がボルトンに移籍したことを契機にプレミアリーグの取材を始め、2023-24で23シーズン目。サッカーの母国イングランドの「フットボール」の興奮と情熱を在住歴トータル28年の現地感覚で伝える。大のビートルズ・ファンで、1960・70年代の英国ロックにも詳しい。

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