現地発! プレミア日本人の週刊リポート(毎週水曜更新)

遠藤航、ヘビーメタル・フットボールの洗礼 レギュラー獲得へ、“本物の怪物”にならなければならない

森昌利

今夏、イングランドの名門リバプールに電撃移籍した遠藤。このところリーグ戦ではベンチスタートが続いているが、それでも着実にチームに適応してきている 【Photo by Andrew Powell/Liverpool FC via Getty Image】

 世界最高峰のプレミアリーグでプレーする日本人選手たち。イングランドで長く取材活動を続けるライターが、その最新情報を毎週お届けするのが新連載『現地発! プレミア日本人の週刊リポート』だ(※毎週水曜日の夕方更新)。

 連載スタートの今回は、今夏に名門リバプールに加入した遠藤航に迫る。リーグ戦ではここ3試合連続でベンチスタートとなっているが、直近のウェストハム戦(現地時間9月24日、以下同)では入団直後と比較して明らかな変化が見られた。ユルゲン・クロップ監督が望む“リアル・モンスター(本物の怪物)”へと近づいているのは確かだ。

「苦し紛れの補強」との声を断固として否定

 話は少し遡る。

 遠藤の話を聞いてかすかに違和感を覚えたのは、8月27日に行われたニューカッスルとのアウェー戦を終えた直後のことだった。

 日本代表主将・遠藤航の移籍が正式に発表されたのは、そこからさらに9日遡った8月18日。昨季、ブライトンで頭角を表した21歳のエクアドル代表モイセス・カイセドと19歳のベルギー代表ロメオ・ラヴィアを、チェルシーに文字通り横取りされた直後、リバプールが電撃的に遠藤を獲得した。

 まさに寝耳に水、唐突とも言える補強だった。だいたいリバプールは若手しか獲らない。それが今年の2月に30の声を聞いた遠藤に飛びついた。うるさ型の英国メディアの中には、1億1000万ポンド、日本円で200億円を越える途方もない値がついたカイセドと、90億円のラヴィアの2人の有望な若手ボランチを続けざまに逃して30億円で遠藤を獲得したリバプールの決断を「苦し紛れの付け焼き刃的補強」と揶揄(やゆ)する声もあった。

 しかし、リバプールのクロップ監督は、移籍が正式発表された15分後に、3年前に完成した広大な敷地の「アクサ・トレーニングセンター」で始まった定例会見で、遠藤に対するネガティブな風評に断固として立ち向かった。まず自身がドイツ人であることを強調すると、母国の1部リーグであるブンデスリーガを「今も詳細に追っている」と話し、そこでデュエル王となった遠藤の存在を「シュツットガルトに移籍した段階から知っていた」と明かした。そして「ピッチ上ではボールを争ってリアル・モンスター(本物の怪物)になる」と続けて日本代表主将の能力を称え、この補強が成功することが昨今の金満サッカー界で「どれだけ痛快なことになるだろうか」と結んで、大きな期待を表した。

 この会見の翌日、19日に行われたボーンマス戦でクロップ監督は早くも遠藤を使った。しかも日本代表主将のデビューは後半17分、今夏にブライトンから加入したアルゼンチン代表MFアレクシス・マック・アリスターが一発退場させられた5分後だった。確かにこの一瞬前にディオゴ・ジョッタが3点目を奪っており、10人での戦いながら3-1と2点の“クッション”ができた状況だったが、それでも厳しい場面だったことに変わりはない。この時点で遠藤がチーム練習に参加したのはわずか1回だけだった。

 そしてこの翌週、8日後に行われたニューカッスルとのアウェー戦で、遠藤は初先発する。

遠藤の常識を超えた「勝利の方程式」

遠藤は入団から間もない第3節ニューカッスル戦でスタメン起用されたが、印象的な働きを見せられないまま後半13分にベンチに下がった 【Photo by Andrew Powell/Liverpool FC via Getty Images】

 このニューカッスル戦、実は日本人記者全員の取材申請が落とされていた。日曜日の午後4時半に始まるビッグマッチで、申請が溢れたのだ。こういう試合では英国人記者が優先されて日本人記者が押し出されるということはままある。

 しかし、かつて武藤嘉紀が所属したことでクラブ内に人脈があるところにかけて、当日、キャンセル待ちを狙ってスタジアムに行った。キックオフの3時間前から2時間待って午後3時半を少し回ったところでようやくキャンセルが出た。その直後に配られたチームシートを見て、先発メンバーに遠藤の名前を見つけた時はしびれるような思いがした。

 ところがこの試合でもリバプールは一発退場者を出した。なんと遠藤にとってはデビュー戦に続いて2試合連続となる10人での戦いとなったわけだ。しかも今度は守りの要であり、今夏にサウジアラビアに行ったジョーダン・ヘンダーソンの後継として主将を務めるフィルジル・ファン・ダイクがピッチを去り、守備に大きな穴が空いた。それも前半28分という早い時間帯だった。

 その上、オランダ代表DFが一発レッドカードを喰らう3分前に、右サイドバックのトレント・アレクサンダー=アーノルドが痛恨のトラップミスをして、昨冬エバートンからニューカッスルに移籍したアンソニー・ゴードンに先制点を奪われていた。

 昨季は特にホームでインテンシティの高い試合をして、欧州チャンピオンズリーグ(CL)出場権を獲得したニューカッスルとのアウェー戦。今季のプレミアリーグを見回しても、これほどタフなスタジアムはそうそうない。そんな場所で0-1のビハインドとなってすぐに10人での戦いを強いられた。遠藤は中盤の底でもがいたが、結局目立ったプレーはなく、後半13分の段階で20歳の攻撃的MFハーヴェイ・エリオットと交代した。

 結果はこの後、後半32分にMFマック・アリスターに代えて送り出されたウルグアイ代表FWダルウィン・ヌニェスが同36分、そして後半アディショナルタイムの3分に、まるでデジャブのように、立て続けに同じような縦パスに鋭く反応して右サイドを抜けると、右足を大きく振り抜いて対角線上にゴールを決めた。10人となっても攻め続けたリバプールの、真骨頂とでも言うべき逆転劇だった。

 そして試合の直後に筆者が違和感を覚えたのは、遠藤のこのコメントだった。

 「今日は両チームともに、縦にかなり速く行くというところがあった。個人的にはもうちょっと自分のところにボールをつけてほしいという場面もあったが、それでも(チーム全体として)前へ前へという意識の方が強かった。(プレミアの強さや速さに)慣れるというより、自分が入ることでもっと要求して、落ち着かせるところは落ち着かせるということをしてもいいかもしれないと思いました。縦、縦と攻めてボールを失ってしまうゲーム展開になるとかなり厳しい試合になっていく。どこでボールを落ち着かせるかというのは常に自分のところで考えながらやっていきたい」

 もちろん、遠藤の言うことにも一理ある。性急な攻めはボールロストを招きやすいし、そこから鋭いカウンターを食らえばあっという間にピンチを招く。

 実際、今季だけではなく、最終ラインを押し上げて前がかりになったところで裏を取られるのはリバプール最大の弱点だ。

 しかしそれはドイツで「ゲーゲン・プレス」と呼ばれ、英国で「カウンター・プレス」と翻訳された、選手が組織的に次々とボールに襲いかかる波状型プレスで攻撃の起点を作る、クロップ監督の極めてアグレッシブな戦術の“諸刃の剣”と言える副作用的な弱点である。

 裏を取られて失点することがあっても、押し出す勇気を失わず、前に前に出て最終的には相手より多くのゴールを奪えばいい。もちろん、インテンシティの高い守備と能力の高いGKのセーブ力でクリーンシート(無失点試合)を記録できれば文句はない。しかしクロップ監督の根本にあるのは鍛え抜かれた――クロップ流に言えば「スーパー・フィット」な選手達で体現する超攻撃的な波動プレスのサッカーなのだ。

 ひたすらボールを奪いに行って、奪った瞬間に攻撃に転ずる。それを繰り返す。体力を要するが、それができる選手を集め、鍛え、モチベーションを与えてメンタルもパンパンにする。攻守の切り替えが速いサッカーを続けることで相手の体力を奪うこともできる。プレーを落ち着かせるのはあくまで2点、3点と差がついて勝利が確定した試合の終盤の話。だからたとえ10人での戦いとなっても、1点を追いかける状況ではひたすらゴールを目指す。

 結局、この試合は遠藤が退いて、10人となっても攻め続けたリバプールが、1人多いニューカッスルに疲れが見えた試合終盤、2点を連取して劇的な逆転勝利を収めた。

 それは日本代表主将が試合後、「ボールを失ってしまうゲーム展開になるとかなり厳しい試合になっていく」と言っていた「縦、縦と攻める」ことを愚直に繰り返してつかんだ勝利だった。

 つまりクロップ監督が目指す勝利の方程式は、遠藤の常識を超えた範疇にあったと言えるのではないか。

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著者プロフィール

1962年3月24日福岡県生まれ。1993年に英国人女性と結婚して英国に移住し、1998年からサッカーの取材を開始。2001年、日本代表FW西澤明訓がボルトンに移籍したことを契機にプレミアリーグの取材を始め、2024-25で24シーズン目。サッカーの母国イングランドの「フットボール」の興奮と情熱を在住歴トータル29年の現地感覚で伝える。大のビートルズ・ファンで、1960・70年代の英国ロックにも詳しい。

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