村田諒太氏が「面白い」と可能性を感じた21歳 那須川天心と共通点も…ボクシング界に新風か

山口大介

【写真:花田裕次郎】

 3月末に現役引退を発表した2012年ロンドン五輪金メダリストにして元WBA世界ミドル級王者の村田諒太さん(37)。早速、4月8日には東京・有明アリーナで行われた那須川天心(帝拳)のプロボクシングデビュー戦などをライブ配信したアマゾン・プライム・ビデオのゲスト解説者を務めた。村田さんの目には、次の世界チャンピオンを目指す後輩ボクサーたちの姿はどう映ったのか。また自分自身はどんな第2の人生を描いているのか、語ってくれた。

解説者を務めて心境の変化に気づく

22年4月9日にゴロフキンと戦った王座統一戦が現役最後の試合となった 【写真:森田直樹/アフロスポーツ】

 圧倒的なボクシングの知識はもちろん、その聡明(そうめい)な語り口とわかりやすい説明で、現役時代から試合解説を何度も務めてきている村田さん。4月8日の有明アリーナ興行は引退後初めての解説の仕事だったが、自身の心情の変化に気づいたという。

「試合を生で見たら、もっと気持ちが揺れるというか、自分と比較して現役の選手たちを羨ましく思う感情を抱くのではないかと思っていたけど、そんな気持ちにはなりませんでした」

「理由は、僕の視点がちょっとずれたからだと思います。現役選手のときは100%プロボクサーとしての視点で試合や選手を見ていたので、いい試合を見れば羨ましい気持ちや対抗心も湧いていましたが、引退して立場や関心が変わったことで、僕の視点が少し横に動いたのだと思います。『視野が広がる』という言い方がありますが、人間がやれることには限界があるので、実際には少し広くなっても180度パッと広がるなんてことはあり得ない。今、僕の視界の中ではボクシングもちょっとは見えているけど、真ん中ではなくて少し端の方で見ている感覚と言えば正しいかもしれません」

 それでも、ボクシングはやはり村田さんにとって「気になる存在」であり、常に視界にとらえているものだ。有明アリーナ興行は那須川デビュー戦の他にも、メインイベントを務めたWBA・WBC世界ライトフライ級統一王者の寺地拳四朗(BMB)による熱闘、井上尚弥の弟、拓真(大橋)によるWBA世界バンタム級王座戴冠など内容の濃い1日だったが、村田さんがとりわけ気になった選手がいた。

「佐々木尽という子は面白いと思いますね。いい意味で勘違いできる強さがありますよね。ああいう子が『クロフォードにだって自分は勝てる』と思い切ってやれるのであれば、どんな可能性も生まれてくると思う」

 この日の5試合(アマゾンで配信された試合)のうち、第2試合として行われたWBOアジア・パシフィック・ウエルター級タイトルマッチ。21歳の王者、佐々木尽(八王子中屋)が世界挑戦経験もある36歳のベテラン、小原佳太(三迫)を3回右ストレートで失神させる鮮烈なKO勝利を飾った。この日の5試合で最も速い決着であり、インパクトの強いKOでもあった。小原は村田さんの東洋大学の1学年後輩ということもあり、余計に村田さんの脳裏に佐々木の姿は焼き付いたのだろう。

村田さんが感じる“ゆとり世代”のポジティブ思考

佐々木尽は村田さんが「面白い」と認めるホープ 【写真は共同】

 上限体重66.6キロのウエルター級は、ミドル級(上限72.5キロ)と並ぶ中量級の中心階級だ。2015年のフロイド・メイウェザー(米国)対マニー・パッキャオ(フィリピン)の「世紀の一戦」は空前の人気を呼び、600億円を超す興行収入を稼ぎ出した。今はWBO王者のテレンス・クロフォードと、WBO以外の3団体のベルトを持つエロール・スペンス(ともに米国)の全勝対決の実現が待望されて久しい。

 佐々木は小原を倒したリング上のインタビューで、2人の名前を出して「待ってろよ」と言ったのである。それだけでなく、試合前の記者会見では「日本で初めてウエルター級の世界チャンピオンになる男、佐々木尽です」と言い放った。一番軽いミニマム級からミドル級までの13階級の中で、唯一日本人の世界王者が誕生していない最後の残された頂がウエルター級なのである。

 佐々木の言葉は、これまでなら「若気の至り」と冷笑されたり、「元気でいいね」の一言で片付けらる類いのものかもしれない。しかし、村田さんは新鮮かつ好意的な印象を抱いたという。

「最近の若い子たちは、ポジティブな思考がありますよね。ゆとり世代で肯定されて育ってきている子が多いからか分かりませんが、僕らくらいの世代だと、やれ海外では勝てないとか、ミドル級やウエルター級では世界は無理、というマインドがどうしても染みついている部分がある。でも、今の子たちはそんなこと気にしない。佐々木君はこの2試合をいいかたちで勝っているので(1つ前の試合は豊嶋亮太に1回KO勝ちでWBOアジア・パシフィック王座を奪取)、謙虚さを忘れずに頑張ってほしいですね。体のバネもあるし、一発のパンチもスピードもある」

 ミドル級を制した村田さんが、同じく中量級の高い砦、ウエルター級で世界を目指す佐々木に惹かれるのは分かる気がする。面白いのは、村田さんとは対照的なメンタリティーの持ち主だということだ。「ミドル級は日本人には無理」という声にときにはくじけそうになりながらも、反骨心で封じ込めてみせた村田さんと、周囲の見立てなどどこ吹く風で自信満々な佐々木。これはやはり世代の違いだろう。

「とにかくポジティブですよね。たしかに僕がもし世界戦を組む立場の人間だとしたら、この子に懸けてみようと思うかもしれないです。ポジティブな面を見ていくと、すごく活躍できるメンタリティーがあるのかもしれないと思えてくる」

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