4.8有明「日本人初のウェルター級世界王者に輝く男」 21歳の佐々木尽、今までにない海外戦略で八王子から世界へ

船橋真二郎

WBOアジアパシフィック・ウェルター級王者の佐々木尽。リングを見守る場所に掲げられた“攻防同態”は、八王子中屋ジムのボクシングの真髄を表す。 【写真:船橋真二郎】

愛すべきキャラクター

 21歳の若者は曇りのない目でまっすぐに、前人未踏の頂を見据えている。4月8日、東京・有明アリーナで開催される『Prime Video Presents Live Boxing 4』の発表会見。キックボクシングのスター選手、那須川天心(帝拳)のボクシング転向初戦の舞台として注目を集め、ライブ配信もされたから、視聴された方も多いかもしれない。

 自分の順番がくると満を持したようにマイクを握り、堂々と言ってのけた。

「みなさん、こんにちは。日本人初のウェルター級世界王者に輝く男、佐々木尽です」

 ウェルター級(体重66.68kg以下)は選手層が厚く、名だたる世界王者を数多く輩出してきた激戦階級。長く日本ランキングが整備されてきたミドル級までの13階級で唯一、日本人王者がひとりも誕生していない。そればかりか1970年代に2度、1980年代に2度、時を経た2009年10月に1度、計4人しか世界挑戦のリングに立てていない難関である。

 だが、だからこそ、夢があるとばかりに佐々木は目を輝かせる。

「いちばんの目標です。しかも日本人初っていう肩書きが付くんで、こんなおいしい話ないじゃないですか。“アマチュアで1勝3敗”だったやつが史上初の世界チャンピオンになったらいいですよね。絶対に獲りたいです」

 若きWBOアジアパシフィック・ウェルター級王者の行く手に“挑戦者”として立ちはだかる小原佳太(三迫)は、これまでの相手とは格が違う。2019年3月、アメリカでウェルター級のIBF世界挑戦者決定戦に出場、スーパーライト級時代も同国でIBF挑戦者決定戦を戦い、ロシアで世界タイトルにも挑戦した。両階級で長らく日本とアジアのベルトを保持し、31戦(26勝23KO4敗1分)のほぼ半分にあたる15戦がタイトルマッチという戦歴を誇る。

 佐々木は会見で隣合わせに座った36歳のキャリアと実績に敬意を表しつつ、それでも臆することなくアピールしてみせた。

「(出場選手は)素晴らしい選手しかいないですけど、ここでいちばん輝く試合をして。帰りざまには『那須川選手、すごかったね。あともうひとり、佐々木尽っていうやつがいたな』みたいな感じで、みなさんの脳内にインプットさせる衝撃的な試合を見せて、楽しませようと思ってるんで。ぜひ、佐々木尽にも注目してください」

 どこまでも意気軒昂。といって、ビッグマウスというよりは、爽快で、ポジティブで、どこか微笑ましいところもある。愛すべきキャラクターだ。

大一番に圧倒的勝利を誓う

「可能性を感じてもらうために圧倒的に勝たないといけない」と佐々木。 【写真:船橋真二郎】

 もちろん、リングの上でも気後れすることはない。今年1月14日、国内ウェルター級で小原を追いかける一番手と目されていた豊嶋亮太(帝拳)を得意の左フックで鮮烈に倒し、初回2分足らずでストップ。センセーショナルに王座を奪取し、現役最年少のタイトルホルダーとなった。試合後には「日本のトップの小原選手に勝って、自分の価値を上げたい。勝てる自信はあります」と表明もしていた。

 2018年8月、17歳1ヵ月のプロデビューから11連勝(10KO)。パワフルな強打と思いきりのいいファイトを売りに、豪快な倒しっぷり、佐々木本人の表現を借りれば「爆発的なKO」で魅了してきた。

 ところが一昨年10月、初のタイトルマッチになるはずだった平岡アンディ(大橋)との日本・WBOアジアパシフィック・スーパーライト級王座決定戦はまさかの体重オーバーで計量失格。特別ルールで行われた試合にも11回TKOで敗れた。

 1階級上のウェルター級で復帰し、昨年は2勝2KO1分。栄養トレーナーに付き、体重調整を見直しながら、「耐える1年だった」と雌伏の時を過ごした。苦い失敗を糧に「輝く1年にする」と誓った2023年のスタートに大きな結果を残し、望んでいた新旧日本人対決を引き寄せた。

「嬉しかったし、超楽しみです。ここで結果を出せば、評価的にも自分が日本のトップだと思うので、ここが勝負時だと思います」

 アマチュア経験も豊富でボクシングスキルに優れる小原もまたギリギリのタイミングを先取りし、一瞬のカウンターで倒してきたKOアーティスト。スリリングな攻防、KO決着必至の目の離せない戦いになる。

 勝負時と位置付ける大一番のテーマは「練習でやってきたことを冷静に(試合で)出すこと」。豊嶋戦も同じだったが、決着が早く、まだ佐々木尽の全貌は見せていないという。

「技術では小原選手のほうが圧倒的に上っていうのがボクシングファンの意見だと思うんですよ。そこでも自分が上回って、全体的に(小原に)勝ち目はなかったと(ファンに)思わせるような試合にしたいです」

「これまでは尽を大きく、大きく育てるために試合では細かいことは言わず、あえて“野放し”にしてきた」と八王子中屋ジムの先代会長で、佐々木を手塩にかけて育ててきた中屋廣隆チーフトレーナーは笑う。愛弟子も口をそろえる。

「今までの自分はアドレナリン出まくりで、超自由に『暴れてやる!』ぐらいの感じでガンガン行ってました(笑)」

「ここまでの試合は練習(の成果)を出す場じゃなくて、ショーでした」 佐々木の魅力を前面に押し出し、“剛腕の倒し屋”として売り出してきたのだと中屋トレーナーの長男・中屋一生会長は言う。

 目指す場所はあくまで海外のリング。上のステージで勝負するために必要な力は、地道な練習で蓄えてきた。世界の壁を体感した上で世界を目指しているのが小原。「そう簡単にはいかない」と十分理解しているからこそ、自身の実力を証明する絶好の機会と燃えている。

「簡単ではないですけど、世界レベルでは勝ててないのが小原選手。みなさんに自分の可能性を感じてもらって、期待してもらうためには圧倒的に勝たないといけないと思ってます」

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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