挑戦を続ける健やかな世界女王・坂本花織 「スケートを続けたい」から、新たな表現に取り組む

沢田聡子

「若さには勝てない」怪我のリスクを強く意識

 昨季の好成績にとらわれない坂本だが、北京五輪銅メダリストでもある世界女王に対する周囲の視線は熱い。2位に入ったアメリカの15歳、イザボー・レヴィトは会見で「坂本選手の非常にパワフルで自由なスケーティングが大好き」と言い、ロッカールームで坂本と写真を撮りたいと思いながらまだ果たせずにいることを明かしている。坂本の演技中は、会場のボルテージが上がるようにも見受けられた。

 想像の域を出ないが、ロシア選手のドーピング問題で揺れた北京五輪で坂本が見せた真っ直ぐな戦いぶりが、アメリカでも強い印象を残したのではないだろうか。個人的にも、女子フリー当日の首都体育館に漂っていた重苦しい空気を一変させた、坂本の大きなダブルアクセルは忘れられない。もし坂本がいなければ、北京五輪女子シングルの記憶はやり切れないものになっていただろう。

 スケートアメリカで、真ん中の席に座ってフリー後の記者会見に臨んだ坂本は、五輪後のシーズンに向かうモチベーションについて聞かれている。

「オリンピックシーズンが終わって一区切りついたところなのですが、この北京オリンピックが始まる前から『まだまだ続ける』というのは決めていたので。オリンピックが終わった時点で『続ける』って決めたわけじゃなくて、『まだまだやっぱりスケートを続けていたい』という気持ちが残っていたので、やめるとか休養するという選択肢はまったくなくて『今まで通り競技に出続けよう』という気持ちでした」

 そう語る坂本は、五輪のメダルという結果のためだけに苦しいトレーニングに耐える悲壮感からは遠く離れた、健やかな心境にあるのだろう。

 続けて現在トリプルアクセルを跳ぶ女子が少ないことについて問われると、坂本は「やっぱりどうしても、怪我をしてしまうリスクがあるので」と答えた。

「女子選手にとっては、怪我をすることによって今後の競技人生が左右されてしまうので、挑むのはすごく大変なことだし…決まれば得点源になると思うので、やる選手は果敢にチャレンジしていくと思うのですが、やっぱり女子選手ならではの体型変化についていけなくなってしまって跳べなくなるとか、なかなか大人になってから跳ぶのは難しいので。もちろん今跳べている子達は本当にすごいなと思うし、自分も『跳びたいな』という気持ちはあるのですが、『若さには勝てないな』というのが、現状です」

 坂本はジュニア時代からトリプルアクセルに取り組んでいたものの、中学時代に右足のすねを疲労骨折して習得を中断した経験がある。シニアに上がってからも常に高難度ジャンプを意識してきたが、北京五輪の表彰台に導いたのは大技ではなく、演技の完成度と優れたスケーティングだった。

 坂本が教えてくれるのは、心身の健康を保つ大切さだ。栄光をつかむためではなく、「スケートを続けたい」という自らの意志で新たな表現に取り組む。怪我への恐怖は大技を習得する上では障壁かもしれないが、自らの体を守る強い意識の表れでもあるだろう。

 競技人生があまりにも短い女子シングルの現状を変えるのは、「若さには勝てない」と口にしながら元気いっぱいにリンクを駆け抜ける22歳の世界女王、坂本花織かもしれない。

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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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