坂本花織はなぜ大技を回避して銅メダルを獲得できたのか 自らの道を貫いて価値あるメダリストに

沢田聡子

トゥルソワの熱狂の後で、坂本らしい滑りを披露

高難度のジャンプはなくとも爽快感のあるスケーティングを披露した坂本。ロシア勢とともに最終滑走に挑むプレッシャーを跳ねのけ、銅メダルを手にした 【Photo by Matthew Stockman/Getty Image】

 自分の滑りを貫いた坂本花織は、価値ある銅メダルを獲得した。
 
 北京五輪のフィギュアスケート・女子シングルフリーが行われている首都体育館は、熱狂の渦の中にあった。ショート4位でフリーの最終グループ3番滑走者のアレクサンドラ・トゥルソワ(ROC)が、4回転4種類5本を跳ぶフリーを滑り切ったのだ。目の前で、ロシアのメディア関係者と思われる男性が立ち上がって叫んでいる。ものすごいものを見たという興奮が、会場を満たしていた。

 そんな中、坂本はリンクに入った。坂本は昨年末の全日本選手権で優勝した際、ロシアの選手とオリンピックで戦うために何が必要かと問われ、次のように語っている。

「ロシアの選手はみんな4回転とかトリプルアクセルを跳ぶけれど、自分はない分、ノーミスでいかにパーフェクトにするかというのが本当に大事だと思っている。相手が何をしようと自分のやるべきことは変わらないので、どの試合でも自分のベストが出せるようにしたい」

 しかし、トゥルソワが度肝を抜くような演技を見せた直後、異様な雰囲気に包まれたこの首都体育館でも、坂本はその姿勢を保てるだろうか。

 だが、坂本は見事に自分の滑りを貫く。『No More Fight Left In Me,Tris』が流れ、演技をスタートした坂本は、深くエッジを傾けた助走から大きなダブルアクセルを跳んだ。続く3回転ルッツも、飛距離と高さのある坂本ならではのダイナミックなジャンプだ。後半で跳んだ3回転フリップ+3回転トウループにも、2.04の加点がつく。坂本がいつも気にしているルッツのエッジエラーはこの演技でもついてしまい、スピンのレベルをひとつとりこぼしてはいるものの、観ている限りでは完璧なプログラムだった。リンクを隅々まで大きく使い、ジャンプの前後も流れが止まらず続いていく爽快感のあるスケーティングが展開された。演技構成点の“Performance”の項目でひとつついた満点の“10”は、平昌五輪からの4年間で滑りを磨き続けてきた坂本の勲章だといえる。

「とにかくノーミスでやりたかったし、平昌の時(6位)よりもいい成績で終わるということを目標にやってきたので、それはとにかく超えられた。とりあえずやり切って、『よし!』と思いました」

 男子並みの高難度ジャンプを繰り出し続けて圧倒したトゥルソワの後でも揺らがなかった坂本が表現した“女性の強さ”は、説得力を持って世界の人々に届いたはずだ。坂本が日本代表であることを、心から誇らしく思える滑りだった。

「ロシアの3人と一緒の場所で滑ることが怖くて」

笑顔で表彰台に上がった坂本。前回大会の6位を経て、手にした銅メダルの価値は特別だ 【Photo by Catherine Ivill/Getty Images】

 感情を素直に出す坂本は、北京でも最強のロシア勢への恐れを隠すことはなかった。最終滑走者として滑ったショートプログラム『グラディエイター』で完璧な滑りを見せ、ROCの3人(1位カミラ・ワリエワ、2位アンナ・シェルバコワ、4位アレクサンドラ・トゥルソワ)に割って入る3位につけた坂本だが、演技後のミックスゾーンで、抱えていた怖さを率直に語っている。

「正直、最終滑走という事実より、ロシアの3人と一緒の場所で滑るっていうことの方が怖くて。本当に本番前も膝の震えが止まらなかったし、無駄に心拍数上がったりとか、すごく“緊張しているな”って感じていて。リンクに入ってからも本当に泣きそうになるぐらい緊張していたんですけれど、(3回転)フリップ+(3回転)トウ(ループ)やり切ってから、すごくすっきりした中でステップをして最後までやり切って、先生(中野園子コーチ)の顔見たらもうほっとして泣いちゃいました」

「この面子でやるのが初めて」「3強が目の前にいるってなると空気が全然違うし、それが一番の緊張のもとでした」と心中を吐露した坂本はほっとした表情だったが、気を緩めてはいなかった。

「フリーが終わるまで結果は分からないので、しっかり明後日のフリーに集中したいなと思っています」

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著者プロフィール

沢田聡子

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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