マリニンという巨大なモチベーション 世界王者・宇野昌磨は挑戦者として新シーズンに臨む

沢田聡子

4回転6種類7本、マリニンが練習でみせた異次元構成

成熟した滑りで高い演技構成点を得た宇野。異次元の難易度に挑むマリニンに、驚きと刺激を受けている 【写真は共同】

 ジャパンオープンの開幕前日、さいたまスーパーアリーナで行われた公式練習。アメリカの17歳イリア・マリニンは、フリーの曲に合わせて超高難度のジャンプ構成に挑んだ。

 冒頭、9月のUSインターナショナルクラシックで史上初めて成功させた4回転アクセルに挑み、着氷。上から吊られているように高く跳び上がり、余裕を持って降りてきた。続いてフリップ、ルッツ、ループと単発の4回転を3本、さらに4回転ルッツ―オイラー―3回転サルコウ、4回転トウループ―トリプルアクセル、4回転サルコウ―3回転トウループとコンビネーションジャンプを三つ続けて跳んでみせる。4回転6種類7本という衝撃的な構成に挑み、すべて着氷したのだ。

 同じ氷上で練習していた宇野昌磨は、マリニンについて問われ「アクセルがすごく上手いことは知っていたのですが、今日のフリーの構成も見ました」と語った。

「構成もすごいのですが、何よりすべてのジャンプを安定して、そして質良く跳んでいたところに刺激を受けたというか。アクセルに関しては『僕は多分できないかな』ってちょっと思っているので、『すごいな』って単純に見る側の気持ちになるんですけれども、やはりそれ以外の自分もやっていることを僕より高い確率で、高いクオリティでやっている姿を見た時に、すごく刺激を受けましたね」

宇野に再び現れた目標「今年一年も頑張れそう」

 そして宇野は「まだジャパンオープン始まっていないですけれども、すごく出られてよかったなって」と口にしている。

「もちろん試合では自分のやってきたものがどうなるのか確かめたいという気持ちもありますけれども、本当にこの一つの練習でも『今シーズン自分が何を目指すべきか』というのが、そこに目標があった気がして嬉しかったですし、『また今年一年も頑張れそうだな』と思えて安心しました」

「『ネイサン・チェン選手のようになれるよう頑張りたい』とか、『ゆづくん(羽生結弦)と対等に戦える選手になりたい』ってずっと何年も思って練習してきた自分がいたんですけれども、今年は環境が変わっていたので。本当に自分をより磨く、『自分ができないことをやろう』という日々を送っていたのですが、あの練習でマリニンくんの今の状態を見た時に『再びこうやって、やはり現れるんだな』って思いました」

演技構成点で勝るも「マリニン選手の方が僕より素晴らしい演技」

4回転6種類7本という驚異的な構成を披露したマリニン 【写真は共同】

 迎えた翌日の試合本番、宇野はファンがオレンジ色のタオルを振る客席を背にリンクに入った。昨季序盤の課題だった冒頭の4回転ループ、続く4回転サルコウは3点台の加点が付く出来栄えで見事に決める。しかし3本目、4回転トウループ―3回転トウループを予定していたコンビネーションジャンプは単発に。予定構成では次のジャンプもコンビネーション(トリプルアクセルからの3連続ジャンプ)になっていたが、こちらもトリプルアクセルのみのソロジャンプになってしまった。後半に入り、4回転を予定していたフリップが2回転になるミスが出るが、トリプルアクセル―ダブルアクセルのシークエンスは予定通り決め、最後の4回転トウループには2回転トウループをつけてリカバリーする。

 『G線上のアリア』などを使う宇野のフリーは宮本賢二氏の振付で、中盤のコレオシークエンスでは重厚な滑りをみせた。荘厳な曲に乗る終盤のステップシークエンスでは体を使い切って伸びやかに滑る。世界王者らしい貫禄を漂わせ、演技構成点はすべて9点台の高評価を得た。技術点100.56、演技構成点93.24で、宇野のフリーは193.80というスコアだった。

 続いてリンクに入ったマリニンはアメリカチームの声援に応え、笑顔でスタート位置についた。冒頭の4回転アクセルは、着氷の際に手をつく形になる。前日練習の時より難度を落としており、最後の二つのコンビネーションジャンプは4回転ではなく3回転から跳ぶ構成だった。アクセルを含む3つの4回転が4分の1回転不足と判定されたが、アクセル以外に目立つ乱れはなく、演技をまとめる。

 ソーシャルメディア社会で生きる若者を描いたドラマ『Euphoria』のサウンドトラックから選曲したマリニンのフリーは、シェイ=リーン・ボーン氏が振り付けている。終盤のコレオシークエンスでヒップホップ調に変わる曲に合わせて躍動するマリニンの滑りは、粗削りだが華と勢いがあり、スター性を感じさせた。技術点106.84、演技構成点86.58で、マリニンのフリーには193.42という得点が出る。

 0.38という僅差で1位となった宇野は、しかし優勝チームインタビューで「僕はマリニン選手の方が僕より素晴らしい演技だったと思っています」と口にしている。記者会見でも、宇野は「多分この1年・2年のうちに、圧倒的な存在になる選手」とマリニンを評した。

「僕はそれにちゃんとついていけるように、これから自分と向き合っていきたいなと思っています。また、僕はフィギュアスケートをやっていく中でモチベーションが一番大事になってくると思うので、『マリニン選手に置いていかれないようにしよう』というメンタルが、すごくプラスの方向に向くんじゃないかな」

 再び、目標とする存在を得た宇野昌磨。世界王者は、意欲あふれる挑戦者として今季に挑もうとしている。
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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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