[連載小説]I’m BLUE -蒼きクレド- 第3話「猛獣たちのキンダーガルテン」
日本代表の最大の弱点とは何か?
新世代と旧世代が力を合わせ、衝突の中から真の「ジパングウェイ」を見いだす。
木崎伸也によるサッカー日本代表のフィクション小説。イラストは人気サッカー漫画『GIANT KILLING』のツジトモが描き下ろし。
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ただ、コンディション維持のために体を動かしたいというニーズが少なからずある。そのため、日本サッカー連盟がピッチを用意し、希望者のみで自主練をするのが通例になっている。
玉城迅は主務の勝吉進一からこの話を聞いたとき、代表の空気に慣れる絶好のチャンスだと思った。合宿にいきなり飛び込むより、段階的に顔を合わせていった方が間違いなくチームに入りやすいだろう。
「大学サッカー部の練習を休むんで、僕も欧州組の自主練に入れてもらえませんか?」
勝吉にそうメッセージを送ると秋山大監督から許可が降り、初日から参加できることになった。
日本サッカー連盟の練習施設「未来フィールド」は、千葉県の海浜幕張駅から徒歩15分ほどのところにある。玉城は駅から歩きながら、パリSCの監督室でフランク・ノイマンから言われた教えを思い出していた。
「どの代表にも選手間のヒエラルキーがある。日本代表もそうだ。一番顕著に表れるのは食事のテーブル分けだ」
日本代表のホテルでは、食事の際に円卓がだいたい4つ用意される。チームは23人なので、1テーブル6人の計算だ。
ノイマンによると、そのグループ分けに序列が表れるのだという。
「おおまかに言えば、チームを仕切るベテラン中心のテーブル、勢いに乗る中堅中心のテーブル、あと2つは若手と国内組が混ざったテーブルという感じだ。ジン、いつか代表に入ったら、テーブル選びにこだわった方がいい」
ノイマンが2030年ワールドカップ(W杯)直前に臨時監督になったとき、ベテラン中心のテーブルには上原丈一、今関隆史、高木陽介らが、中堅のテーブルには当時まだ現役だった秋山、吾郎グーチャンネジャード、マルシオ・タバタらが座り、なぜか当時18歳の小高有芯はベテラン組のテーブルにいたという。
その有芯がチームを1つにしたという話を、ノイマンから何度も聞かされてきた。
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ようはヒエラルキーの頂点に立てということだ。
今日は自主練初日のため、練習に来るのは数人だろう。それでもファーストコンタクトがのちの序列に大きく影響する。玉城は黒髪を撫で、強気のスイッチを入れた。
「未来フィールド」のエントランスをくぐると、主務の勝吉が待っていた。
「今日からお世話になります。玉城迅です」
勝吉がトレーニングウェア一式を渡しながら、玉城の肩をぽんぽんと叩いた。
「まさかプロ経験ゼロの大学生が選ばれるとはねぇ〜。秋山監督としても半年後のW杯に向けていろいろ試したいんだろうな」
「僕は実験台になるつもりはないですよ。本気で先発取りにいきます」
「その自信気に入ったよ。でも無理すんなよ。特に今日はクセの強いやつが来てるから……」
細い廊下を抜けてロッカールームの扉を開けると、すぐにその意味がわかった。青で統一された厳かな空間の右端に、金髪を刈り上げた格闘家のような男が座っていた。
加藤慈英、21歳。
鹿島アールからスペイン1部のセルタ・デ・ビードへ移籍して1年目に6点を決め、勢いに乗っているストライカーだ。目つきも眉毛も鋭い。まさに猛獣である。
上下関係は不要だとしても、こちらから挨拶すべきだろう。玉城は近づいて手を差し出した。
【(C)ツジトモ】
慈英が立ち上がる。玉城より数センチ高い。
沈黙が流れ、慈英の細い眉毛が歪んだ。
「……くん? さん付けだろ。大学ってそんなことも教えんのか」
いきなりのマウンティング。その露骨さに玉城は心の中で苦笑した。ノイマンは正しい。仲間にへりくだっていたら、自分のプレーを出せるわけがない。玉城はすぐに戦闘モードに入った。
「上下関係ってサッカーにいります? 2歳しか違わないんで、くんでいいかなって」
「代表は歳じゃない。格だ。こっちは21キャップ。ゼロキャップと天と地ほどの差があるんだよ」
「へーつまらないことにこだわるんですね」
「大学の前はどこでやってた?」
「パリSCのユースで練習生やってました」
慈英は大笑いした。
「練習生ってなんだよ。観光じゃん」
玉城は全神経を頬に集中して笑顔をつくった。
「あ、知らないんですね。国際サッカー連合のルールで18歳以下だと正式入団できないんですよ。だから練習生扱いなだけで、実際はAチームでやってたんで」
勝吉が「まあまあ自己紹介はそれくらいにして……」と割って入ろうとしたが、慈英は追撃をやめない。
「ルールのせいにして情けねえヤローだな。ホントに名前玉城? タマついてねーだろ?」
玉城にとって最も許せないのは、苗字を下ネタにされることだ。ファミリーの名誉が傷づけられて、黙っていたら男ではない。慈英の胸ぐらをつかんだ。
「今の強気、レアルやバルサに見せろや。人見て態度変えてるから、スペインで6点止まりなんだよ」
「なんだとっ⁉︎」
慈英が胸ぐらを掴み返してきた。ゴリラのような力だ。
玉城の体が浮きかけたとき、背後から声が聞こえてきた。