[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第29話 めんどくさいやつがキャプテン

木崎f伸也
サッカー日本代表のフィクション小説『I'm BLUE(アイム・ブルー)』の続編が決定!
これを記念して、4年前にスポーツナビアプリ限定で配信された前作をWEB版でも全話公開いたします(毎日1話ずつ公開予定)。

木崎f伸也、初のフィクション小説。
イラストは人気サッカー漫画『GIANT KILLING』のツジトモが描き下ろし。
 メーメット・オラル前監督の「失望した」という一言によって、再会の祝福ムードに包まれていたピッチが一瞬にして凍りついた。

 上原丈一のわずか2、3メートル先にオラルがいる。だが、両者の間に深い溝が存在していることを、あらためて丈一は感じた。

 フランク・ノイマン現監督は、腕を組んだまま目を閉じている。アシスタントのユリア・フックスは心配そうにこちらを見ていた。すぐ横にいる今関隆史は唇をかんだまま下を向いている。

 丈一はオラルともめたくて質問したわけではない。だが結果的に怒らせてしまった。どうしたら場を収められるか? 言うべき言葉を探しているとき、頭の上から声が聞こえてきた。

「オラルさーん、なんか雰囲気が悪いから練習なんてやめて、みんなでVRルームで遊びません?」

 18歳の小高有芯だ。198センチのクルーガー龍に肩車されながら、こちらを見下ろしている。

 バートラガーツで宿泊しているホテルには、東京滞在時と同じように、会議室に簡単なVRルームが設けられていた。湾曲した240度の大きなスクリーンが置かれ、ミニシアターのようになっている。

 みんなでVRルームの大画面を使って、サッカーゲーム大会でもやろうというのか。今関が「ユーシン、ふざけすぎ」と言って、有芯の足をはたいた。

 だが、ノイマンはこの提案を真面目に検討したらしい。オラルの肩に手を乗せて言った。

「メーメット、おもしろい提案だと思います。ユーシンの案を採用してみてはどうでしょう?」

 オラルは強張っていた表情を崩して答えた。

「18歳に振り回されるとはな。まぁ、いい。監督はフランクだ。フランクの好きなようにすればいい。その代わり、ユーシンには俺の車椅子をホテルまで押してもらうとするか」

「カントクー、そりゃないでしょー。車を使いましょうよ」

 有芯の困った顔で、場の緊張がほぐれた。丈一は有芯の狙いを測りかねながらも、18歳のアクションに心の中で感謝した。


 丈一ら選手は自転車に乗り、オラルはノイマンが運転する車でホテルに戻った。選手23人が先に部屋に入ってスクリーンの前で待っていると、フックスに押されて車椅子のオラルが入ってきた。

「真ん中を通るぞ」

 オラルは選手をかき分け、スクリーンの中央に陣取った。まだ戻ってきて1時間も経っていないというのに、かつてと同じ威圧感を放っている。

 全員がそろったのを確認して、有芯は最前列に出てきた。

「みなさん、お集まりいただき、ありがとうございます。午前から真っ暗な部屋に集まるってのも、たまにはいいもんですね。今日はオラルさんの退院祝いとして、W杯予選を突破した記念すべき試合を見るのはいかがでしょう?」

 日本がW杯出場を決めたのは、2029年8月の中国戦だ。今関が蹴ったセットプレーを松森虎が頭で合わせて先制し、そのままリードを守って1対0で勝利した。

 有芯はみんなの賛同を待たず、画面に向かって試合を指定した。

「では去年の中国対日本を出して。視点はジョーさんで」

【(C)ツジトモ】

 オラル時代の基本布陣は4−3−1−2で、丈一は松森と2トップを組んでいた。なぜFWの視点で、しかも得点を決めた松森ではなく、丈一の視点なのだろう? 丈一は不可解に思いながらも、何も言わなかった。

「えーと、日本が守っているところだけを出してもらおうかな」

 有芯が追加で条件を加えると、中国の攻撃シーンだけが連続して流れた。中国はロングボール主体のため、こぼれ球の奪い合いになることが多い。

 そんなときFWの丈一はセンターラインの手前くらいに立ち、密集から距離を置いていることが多かった。つまり守備にほとんど参加していない。

「みんなを退屈させたくないから、もうちょっとプレーを絞っちゃおうかな。ジョーさんがボールロストしたシーン限定で」

「おいおい、またその話かよ」

 今関がクレームを入れたが、有芯は取り合わない。

 前半7分、左サイドの高い位置にいた丈一に対して、左MFのマルシオがパスを出した。丈一は相手のサイドバックとセンターバックに囲まれていたため、ワンタッチでトップ下の今関に戻そうとしたが、息が合わず、相手のMFにカットされてしまった。

 ところが丈一と今関はボールを追わず、後方の選手たちに守備を任せてしまう。特に丈一は、ほぼその場に立ち止まって全体をコンパクトにしようとする動きもなかった。すでに選手ミーティングで指摘された、丈一の欠点だ。

「うわあ、とばっちり。俺まで絡んでるシーンじゃんか」

 今関が有芯を睨むと、18歳はにこりと笑い返して新たな指示を出した。

「ハイ、ここで一時停止! もう1度、今のプレーを見せて」

「ええっとこれって、俺とジョーを責めて楽しむ会?」

 今関が声を尖らせた。

「いやいや、そうじゃありません。むしろ褒めるための会なんです。ちょっとここで視点を変えてみましょう。中国の右サイドバックの視点で流してもらえますか?」

 スクリーンが、丈一をマークしていた中国の右サイドバックの視点に切り替わった。平面なので遠くにいる選手は小さくしか映っておらず、アンカーの秋山大の顔は判別できないが、右MFの高木陽介の顔は認識できた。

「へー、相手の視点になって日本の試合を見るってのも新鮮だね。絶対に普段見ることがない風景だからね」

 高木が興味深そうに前へ出てきた。

 有芯が「ではスタート!」と画面に命じると、背中を向けた丈一のポストプレーのパスを、中国のMFがカットするシーンが再び出てきた。

「さあ、ここからが本番ですよ。ジョーさんの前方にいる中国の右サイドバックとセンターバック、2人の動きに注目してくださいね」

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始

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