[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第29話 めんどくさいやつがキャプテン

木崎f伸也
 中国側はボールを奪うと攻撃に転じ、多くの選手が日本のゴール前へ迫った。しかし、有芯が注目を促した2人のDFは動こうとしない。特に中国の右サイドバックはオーバーラップすれば攻撃に厚みを加えられるはずなのに、立ち止まったままだ。

「はい、勘のいいみなさんなら分かりますよね? ジョーさんが守備に戻らないのは、褒められたことではない。ただ、相手からしたら不気味だったんでしょう。攻め残っているジョーさんを警戒し、中国のサイドバックとセンターバックはマークを続けた。ジョーさんのサボりが、逆に相手の攻撃にふたをしてたんですよ」

 有芯は「同じ右サイドバックとして、ミズシどう思う?」と水島海に話を振った。

「右サイドバックの感覚で言うと、普通は攻撃参加しますよね。ただ、中国の右サイドバックは、万が一ジョーさんにボールが渡った場合を考えると、怖くて上がれなかったんでしょう」

 クルーガーも話に加わった。

「もしジョーさんが守備に戻ったら、相手の右サイドバックが上がってきた可能性があるってことやね。GK的には『ジョー、サボらず戻れ!』って思ったんやけど、サッカーってやっぱ相手があるスポーツやってあらためて気づかされたワ」

 若手トリオの会話を聞きながら、丈一は目からウロコが落ちる思いでいた。

 まさか自分が攻めたまま高い位置に残ることで、相手の攻撃参加を防いでいたとは。むしろ自分としては、その後のカウンターでフリーになるために、対面するDFがオーバーラップしてくれればいいのにと思っていた。だが、相手を引きつけた方がチームを助けている部分があったのだ。ある意味、これも「攻撃は最大の防御」の一形態だ。

 有芯は丈一の性格を分析し始めた。

「ジョーさんって、本人が思うよりずっと天然なんです。けっこう、敵にも味方にも大きな影響を与えている。一言で言えば、めんどくさいやつ。でも、めんどくさいやつがいると味方も苦労するんですが、敵にとってはそれ以上に厄介なんですよ」

 そう言い終わると、有芯はオラルの方へ体を向けた。

「そういうことですよね、オラルさん?」

 オラルは腹を手で押さえ、大声で笑い始めた。

「ハッハッハッ、まだ傷が痛む、そんなに笑わせないでくれ。めんどくさいやつとは、うまい表現だな。その通りだ。ジョーは大事な試合になるほど、教科書には載っていないような振る舞いをする。『なぜそこにいる?』という常識外のポジションをとる。理屈では計れないから味方も嫌だが、敵はもっと嫌だろう。いるだけで敵を混乱させる、スーパーめんどうなやつだ」

 水島が妙に感心して声をあげた。

「戦場ではジャマーっていう役割があるんですね。レーダー波による電波妨害、ハッキングによる通信遮断、いろんなやり方がある。ジョーさんはピッチでそれをやっていたとは。確かにジョーさんが交代でいなくなった瞬間、相手が気持ちよくパスを回し始めること、これまでにもけっこうありました。ジョーさんがいない方が、日本の守備力が上がるはずなのに。ようやく謎が解けましたよ」

 オラルは車椅子を反転させ、選手たちの方を見た。

「日本サッカー界は、サッカーを表面的なスキルでしか見ていない印象がある。でも、それだけではサッカーを理解できない。サッカーは心理の戦いでもある。ジョーは非常識な動きをすることで、相手がやりたいことを妨害できる選手なんだ」

 オラルは丈一を指差した。

「しかし、そういうトリッキーなプレーが許されるのは、チームメートが支えてくれるからだ。穴をカバーしてくれる仲間への感謝の気持ちを持たなければならない。それに気づかなければ、一流にはなれても、超一流にはなれない。ジョーにはキャプテンをやることで、味方の気持ちが分かる選手になってほしかったんだ」

 丈一は選手と監督の橋渡し役として、誰よりも監督と話をし、オラルのことを理解しているつもりだった。だが、真意を少しも読み取れていなかった。自分を成長させるために、キャプテンに指名してくれたとは。超一流にするためのきっかけを与えてくれていたとは。

 丈一は気がついた。他人を理解する以前に、自分自身を理解できていなかったことを。自分が一番、自分のことが見えていなかった。ようやくマルシオから言われた言葉、「オブリガードが足りない」の本当の意味が分かった。

 オラルが右手を差し出し、やさしさに満ちた声で言った。

「仲間への感謝を忘れない選手になると約束できるか?」

 丈一はオラルの茶色の瞳を見つめながら、感謝と覚悟を込めて力強く握り返した。

【(C)ツジトモ】

「はい、約束します」

 2人の握手を見届けると、有芯が「オラルさん、安心してください。僕がちゃんと整えておきましたから!」と横から声をかけた。すぐに高木が「おまえ、これを見越してたわけじゃないだろうな?」と突っ込むと、有芯はウインクして答えなかった。

 場のざわつきが収まるのを待って、現監督のノイマンが一歩前に出て言った。

「さあ、仕切り直してあらためて聞こう。オラルが再び監督になることを提案したい。賛成の者は拍手をしてくれ」

 23人全員が手を大きく打ち鳴らした。

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【(C)ツジトモ】

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【もくじ】
第1章 崩壊――監督と選手の間で起こったこと
第2章 予兆――新監督がもたらした違和感
第3章 分離――チーム内のヒエラルキーがもたらしたもの
第4章 鳴動――チームが壊れるとき
第5章 結束――もう一度、青く
第6章 革新――すべてを、青く

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始

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