[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 最終話 We’re Blue
これを記念して、4年前にスポーツナビアプリ限定で配信された前作をWEB版でも全話公開いたします(毎日1話ずつ公開予定)。
木崎f伸也、初のフィクション小説。
イラストは人気サッカー漫画『GIANT KILLING』のツジトモが描き下ろし。
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今日の午後、日本にとってのW杯初戦が行われる。相手はブラジルだ。
前評判では、日本が圧倒的に劣勢である。しかし、それでも丈一は波乱を起こせると確信していた。日本はサプライズを起こすための奇策を準備してきたからだ。
まだ朝食まで1時間ある。丈一はホテルの敷地内にあるビーチを散歩することにした。チームのTシャツと短パンというラフな格好のまま、サングラスをかけて海沿いに出た。
地中海の穏やかな波に朝日がきらきらと反射し、いたるところから光が降り注いでくる。まだ朝で風がひんやりと冷たく、暑さは気にならない。
空を舞うカモメを見ながら丈一は砂浜に腰を下ろし、メーメット・オラルが車椅子に乗ってチームに戻ってきた日に思いを巡らせた。すべての謎が明らかになった“バートラガーツの午後”に――。
約2週間前、スイスのバートラガーツにオラルが現れた日、午前がVR視聴に当てられたことを受け、急きょ、午後にも練習が設定された。
選手がピッチに集まると、新たにヘッドコーチとなったフランク・ノイマンが、チーム作りの仕上げに取り掛かった。いつものようにリモコンを片手に話し始める。
「3つの戦術をどう使い分けるかを、君たちに伝えるときがきた。オラル、フックス、私、この3人の誰がテクニカルエリアにいるかで、3つの戦術を切り替えることにする。オラルだけだったらプランA、車椅子の横にフックスが立ったらプランB、私だけだったらプランCだ」
この案を聞いたとき、丈一は野球のサインプレーを思い出した。野球では攻撃のときに、三塁ベースの横にいるコーチが打者と走者にサインを出す。それに似たことをやろうというのだ。
プランAがこのチームの基本戦術だ。1トップの松森虎を除いた全員がゴール前に戻ってブロックを作り、とにかく粘り強く守って、相手の攻撃を跳ね返すことに専念する。
だが、それだけでは得点を奪えない。そこでフックスがテクニカルエリアに出てきて、オラルの車椅子の横に立ったらプランBへ切り替える。バックパスを排除し、縦パスと斜めのパスだけで攻撃をスピードアップさせ、奇襲を仕掛けるのだ。通常、テクニカルエリアには1人しか入れないが、介添人なら問題ない。
それでもリードを許し、試合終盤に絶対にゴールが必要な場面も訪れるだろう。そのときはノイマンがテクニカルエリアに立ち、プランCを発動する。前線へロングボールを蹴ってそこに激しいプレスをかけ、意図的にカオス状態を作り、高い位置でボールを奪って得点を狙う。
ノイマンが説明を終えると、今関隆史が通訳中のフックスに話しかけた。
「うわ、キツネちゃんまで利用するかね。断ってもいいんだぜ?」
フックスはオラルとノイマンに了承を取ってから、金髪を触りながら笑顔で答えた。
「ゼキさん、断るなんてとんでもない。W杯のピッチに立てるからワクワクしてますよ! それに冨山会長が時給を上げてくれましたから。私が立ったときに見逃さないでくださいね」
「そんなことを言われたら、好きになっちゃうかもよ」
選手たちが爆笑すると、今関は気分を良くしたのか、ノイマンに鋭い質問をぶつけた。
「で、ノイマンさん、結局、布陣はどうなるんですかね?」
するとノイマンは待っていましたと言わんばかりにリモコンを操作した。画面に見慣れた3−4−3の布陣が映し出された。
【スポーツナビ】
やはりオプションだったのか! 丈一は大声で叫びたかったが、まだ謎解きの途中だと思い、ポーカーフェイスを装った。
「ではプランAのときはどうするか? 3−4−3の形を保ったまま、4人の選手にポジションチェンジをしてもらう。丈一と今関はFWに上がり、マルシオとグーチャンはサイドバックに下がってくれ」
【スポーツナビ】
一方、プランBとプランCのときは、丈一と今関が後方に下がった方が機能するということなのだろう。
ノイマンは胸に手を当てて頭を下げた。
「みんなに全貌を明かさず、私も心が痛む部分があった。しかし、プランBとプランCは時間限定の戦術だと伝えたら、本気で取り組んでもらえただろうか? すべてが中途半端になっていたはずだ。プランBでは、ジョーとゼキが後方でパス能力を生かしてくれ。プランCでは前線でマルシオとグーチャンが運動量を生かしてくれ。この4人が入れ替わることで、スムーズな戦術変更が可能になる」