[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第6話 日本代表、迷走の分岐点

木崎f伸也
サッカー日本代表のフィクション小説『I'm BLUE(アイム・ブルー)』の続編が決定!
これを記念して、4年前にスポーツナビアプリ限定で配信された前作をWEB版でも全話公開いたします(毎日1話ずつ公開予定)。

木崎f伸也、初のフィクション小説。
イラストは人気サッカー漫画『GIANT KILLING』のツジトモが描き下ろし。

【(C)ツジトモ】

 日本代表の監督就任会見の翌日、フランク・ノイマンは日本サッカー連盟のアーカイブルームに朝からこもっていた。

 ここには2002年W杯以降の全練習の映像が保存されている。歴代の日本代表監督たち、ジーカ、アシム、岡島、ザッコ、アギール……メーメット・オラル――彼らが練習でどんなメニューを用意し、どうチームをつくりあげていったかを見ることができる。

 サッカーファンによく誤解されていることの1つに、「監督が選手に指示を伝えれば、その通りにピッチで実現される」というものがある。だが、サッカーはチェスではないし、選手は駒でもない。言葉で伝えただけでは不十分で、選手が体で理解して、試合で自然に動くように、練習メニューの中に戦術を落とし込まなければならない。

 たとえば、ドイツの戦術家ラルフ・ランクニックは、「縦に速く攻める」という方針を実現するために、練習で「縦に極端に長く、横幅が極端に狭い」長方形のフィールドを用意した。ここでミニゲームをすると、縦方向にしかパスを出しづらく、ボールを持ったときに前方を見る習慣が身につく。

「練習を見れば、その監督の戦術が優れているかが分かる」

 ポルトガルの名将ホセ・モウリーノの言葉だ。練習メニューの構築が、その監督が戦術家になれるかを決める。口だけでは名監督になれない。

 過去の日本代表監督でいえば、アシムは練習メニューを考える天才だった。複数の色のビブスを着させて、複雑なルールを設定して選手たちの頭を鍛えた。アギールの場合、彼自身はモチベーターだが、右腕としてフィジカルコーチにフアン・モレスを招へいした。モレスが戦術実現のためにさまざまなメニューを用意し、選手たちから「練習がおもしろい」と絶賛された。

 では、オラルはどうか? ノイマンはすでに多くの日本の試合を見て、選手の強みと弱みを理解していた。次は練習の映像を見ることで、前監督の頭の中を覗きたいと思った。

 就任当初である2027年の練習をクリックすると、オラルが長髪を振り乱して叫んでいた。

「Kompakt! Kompakt stehen!」(コンパクトに! コンパクトに立て!)

 守備のときに、陣形を前後左右にコンパクトにすることを口すっぱく要求している。選手たちをぎゅっと塊にして、相手にパスコースを与えないという狙いだ。

 そのメニューとして、オラルは選手同士にロープの両端を握らせ、ロープの張りを保ったまま、ボールを追わせていた。ヨーロッパのクラブでも用いられる教え方だ。

 こうやってボールの位置に応じて、全体が1つの生き物のように動いて守るやり方は「ゾーンディフェンス」と呼ばれている。各自に担当するべき空間(ゾーン)を割り振り、各自はそこを責任を持って守る。1990年前後にイタリア人のアリーコ・サーキが発明した方法だ。

 一方、マークすべき相手を割り振り、それぞれが責任を持ってマークするやり方を「マンマークディフェンス」と呼ぶ。倒すべき敵がはっきりするので実行しやすいが、選手個人の身体能力に頼る守り方でもある。ゾーンディフェンスの方が高度な戦術だとされている。

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始

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