[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第6話 日本代表、迷走の分岐点

木崎f伸也

【(C)ツジトモ】

 当初、ゾーンディフェンスのメカニズムは、サーキの企業秘密だった。他国の戦術家と呼ばれる監督たちは、テープが擦り切れるほどサーキが率いるASミランの試合を分析し、魔法のような連動を盗もうとした。次第に「ゾーンディフェンス」の手法は言語化され、まずスペインやスイスに伝わり、遅れてドイツ人が習得した。

 ドイツが習得する上で、大きな貢献を果たしたのが、ドイツ代表監督のヨアヒム・レーフだ。レーフはスイスサッカー協会の指導者講習に通い、そこでいち早く「ゾーンディフェンス」に出会った。彼が2004年にドイツ代表のコーチになったとき、選手がゾーンディフェンスの基礎すらも知らず、頭を抱えたという。だが、辛抱強く教えてチームをモダン化し、10年後の2014年W杯で世界の頂点に立った。

 ちなみにイングランドには、2020年代になるまで、ゾーンディフェンスが伝わらなかった。ドーバー海峡が隔てる島国という以上に、サッカーの母国のプライドが邪魔をして、他国から学ぶ姿勢が乏しかったからだ。

 オラルは日本にも、まだきちんと「ゾーンディフェンス」が伝わっていないと感じたに違いない。だから就任当初の練習では、とにかくゾーンの守り方の基礎を教えようとしていた。

 ところが、ある頃から、練習場で飛ぶ指示が変わったことに、ノイマンは気づいた。

「Manndeckung!」(マークしろ!)

 空間を守るゾーンのやり方ではなく、人を見るマンマークのやり方に切り替えられていたのだ。

 もちろんゾーンディフェンスとマンマークは完全に切り分けられるものではなく、一般的には併用することが多い。たとえばゴール前では、しっかり相手をマークする必要がある。だが、オラルの場合、そういう併用というレベルの話ではなく、あるときから極端なマークの徹底を要求し始めていた。

 だが、それが完全に裏目に出る。

 W杯予選は突破したものの、その後に組まれた強豪との親善試合で、ことごとく守備が破綻した。各選手がマークに引っ張られすぎて中盤がスカスカになり、簡単に崩されてしまう。

 守備で押し込まれてしまうため、たとえボールを奪えても、ほとんどの選手が後ろに戻っているので、有効なカウンターを仕掛けられない。それでもオラルは「ボールを奪ったら、早く前に蹴れ!」と指示を出した。

 監督の要求通りにロングボールを蹴ると、前線には孤立した選手しかいないので、すぐに奪われてしまう。従わずに蹴らないと、監督から怒鳴られる。選手たちの困惑が、表情から伝わってきた。

 なぜ、これほど守備のやり方を劇的に変えたのか。注意深く映像を見返すと、2029年6月に開催されたW杯予選のシリア戦が分岐点として浮かび上がった。内戦中であることを考慮し、中立地のオマーンで行われた試合だ。

 暑さの影響もあったかもしれないが、とにかくシリアからボールが奪えず、パスを回され、終盤に失点して0対1で敗れた。番狂わせを起こされてしまった。

 この試合で何があったのか――。ノイマンはシリア戦の映像をクリックした。

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【もくじ】
第1章 崩壊――監督と選手の間で起こったこと
第2章 予兆――新監督がもたらした違和感
第3章 分離――チーム内のヒエラルキーがもたらしたもの
第4章 鳴動――チームが壊れるとき
第5章 結束――もう一度、青く
第6章 革新――すべてを、青く

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始

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