連載:あのJリーガーはいま

比嘉祐介、プロ1年目にあったキャリアの転機 ドゥトラの加入に「諦めてしまった」

栗原正夫
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「プロになって満足してしまった部分もあったかもしれない」とキャリアを振り返る比嘉 【栗原正夫】

 流通経済大付柏高では同期に大前元紀(京都サンガ)ら、一学年後輩には田口泰士(ジェフ千葉)らがおり、3年時に全日本ユースと全国高校選手権の2冠。進学した流通経済大でも在学中から世代別代表の常連となり、10年アジア大会で金メダルを獲得、ロンドン五輪アジア最終予選でも全6試合中5試合に出場するなど、比嘉祐介(33歳)はプロ入りまでエリートコースを歩んできた。
 12年、複数のオファーがあったなか横浜F・マリノスへ入団。左サイドバックの即戦力として期待を集めた。しかし、横浜FMでは在籍4年間(うち1年は京都に期限付き移籍)で、リーグ戦(J1)2試合、ナビスコカップ10試合(現ルヴァンカップ)、天皇杯3試合に出たのみ。その後は京都、千葉、東京ヴェルディと渡り歩いたものの、プロとしての出場試合はカップ戦を含めても50試合をわずかに超えるほど。現役最後のシーズンとなった18年は太腿の故障でシーズンの大半を棒に振るなど、リーグ戦での出場はなかった。

 アマチュア時代は順調だった比嘉のキャリアは、プロ入り後に一転。不運だったのは、同年に横浜FMに加入したブラジル人選手ドゥトラの存在だった。

 ドゥトラは2001年から06年にも横浜FMに在籍した比嘉と同じ左サイドバックを主戦場にする実力者で、12年に復帰すると再びレギュラーとして活躍。14年シーズン途中に退団することになるが、比嘉にとって大きな壁になったのは間違いない。

まさか左SBに外国人選手が来るとは……

流経大卒業後に加入した横浜では4年間在籍。しかし、出場機会が得られず、ロンドン五輪出場は逃す結果に 【©J.LEAGUE】

「ドゥトラが加入してきたときは、『えっ、マジっ! ふざけんな!』って(笑)。最初からわかっていたら、たぶん他のチームに行っていましたし、まさかサイドバックに外国人選手が来るとは思わないじゃないですか。
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著者プロフィール

1974年生まれ。大学卒業後、映像、ITメディアでスポーツにかかわり、フリーランスに。サッカーほか、国内外問わずスポーツ関連のインタビューやレポート記事を週刊誌、スポーツ誌、WEBなどに寄稿。サッカーW杯は98年から、欧州選手権は2000年から、夏季五輪は04年から、すべて現地観戦、取材。これまでに約60カ国を取材で訪問している

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