1990年タイソン戦以来の衝撃となるか “カザフの破壊者”ゴロフキンという男
近年のボクシング界で最大級のスーパースターであるゲンナジー・ゴロフキン、初上陸となる日本で村田諒太を相手にどのようなファイトを見せるのか 【写真:ロイター/アフロ】
4月9日、さいたまスーパーアリーナでWBA世界ミドル級スーパー王者・村田諒太(帝拳)とIBF同級王者ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)が激突。来日する王者の格を考えれば、この統一戦は日本開催のボクシングの試合としては1990年2月11日のタイソン対ダグラス戦以来、最大の一戦と言えよう。
「アマチュア時代に日本で1戦をこなし、私にとって素晴らしい経験になりました。当時の記憶は良い思い出として残っており、いずれビッグイベントで日本に戻りたいと望むようになったのです。2人の王者が戦うわけですから、村田諒太との対戦はビッグイベント。日本にはボクシングの豊富な伝統があり、ファンは情熱的です。そんな環境の中で戦えるのであれば、私はどこにでも行きます」
昨年11月、筆者との書面インタビューでのそんな言葉からも伝わってくる通り、ゴロフキンは強さと紳士的な態度ゆえ、“王者の風格”を同世代の誰よりも感じさせてきたボクサーでもある。
驚異のパワーとスター性、爆発的な快進撃
ゴロフキン(右)は破壊的な強打でKOと世界タイトルの山を積み上げてきた 【写真:REX/アフロ】
世界中の強豪が集まる米リングで数多くのボクサーに魅せられてきたが、カザフスタンの破壊者、通称“GGG(トリプルジー)”はその中でも最もインパクトの大きい王者だったかもしれない。渡米直後はほとんど知名度ゼロだったが、驚異のパワーとスター性で急上昇。特に2013〜15年の快進撃は爆発的だった。
ガブリエル・ロサド(アメリカ)を鋭いパンチで血まみれにし、マシュー・マックリン(英国)は強烈なボディブローで悶絶。ダニエル・ギール(オーストラリア)を相討ちの右パンチでなぎ倒し、“殿堂”マディソン・スクウェア・ガーデン(MSG)の大アリーナを騒然とさせたのも忘れられない。2015年、デビッド・レミュー(カナダ)との統一戦では左重視のボクシングで当時のIBF王者を完封した上でKOし、目の肥えたMSGのファンを改めて感心させた。
WBA王座を合計19度も防衛し、うち17戦はKO勝ち。その過程でWBC、IBFの統一王者にもなり、39歳(試合前日に40歳になる)になった今でも世界王者として君臨し続けている。と、このように積み上げてきた数字、勲章も素晴らしいが、ゴロフキンの真の価値はそんな記録を超えた部分にあったようにも思える。
ザ・ホワイト・ストライプスの“セブン・ネーション・アーミー”のテーマ音楽に乗り、リングに上がる姿からしてカリスマ性十分。破壊的なパンチで相手を粉砕し、リング上でお辞儀をするその瞬間までが、まるで1本のムービーのようだった。
ミステリアスな魅力を秘めた強打者にファンも反応し、全盛期は人気も抜群だった。メキシコ人と世界ヘビー級王者を除けば、東のMSG、西のザ・フォーラムの両方を満員札止めにできる外国籍選手はそれほど出てくるものではない。アメリカ進出直後は少しでもメディアを集めるために会見はステーキハウスで開催し、MSGの前でブロマイドを持ってサイン会をやっていた“カザフの拳豪”は、瞬く間にアメリカンドリームの体現者になった。そんな上昇の過程を目撃できたことは、ボクシングライターとしての筆者のキャリアでも最大級の喜びだったといっても大袈裟ではない。