連載:村田諒太vs.ゴロフキンの行方

1990年タイソン戦以来の衝撃となるか “カザフの破壊者”ゴロフキンという男

杉浦大介

控える3度目のカネロ戦、村田は“通過点”なのか

今年9月には因縁のカネロ(左)と3度目の決戦が内定、それだけに“村田戦は通過点”と見る向きもあるが…… 【写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ】

 もちろんすべての伝説が真実であるとは限らず、ゴロフキンに関しても何もかもが完璧だったわけではない。その強さはほとんど神格化され、セルヒオ・マルチネス(アルゼンチン)、ミゲール・コット(プエルトリコ)、フリオ・セサール・チャベス・ジュニア(メキシコ)、そして2017年まではサウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)といったミドル級の世界的強豪たちからは露骨に対戦を避けられた。それでも2015年のウィリー・モンロー・ジュニア(アメリカ)戦ではボディを効かされて一時的に手が出なくなるなど、“無敵時代”も綻びを見せたことがなかったわけではない。

 2017年に対戦相手の質が上がってからは、足取りが鈍り始める。ダニエル・ジェイコブス(アメリカ)、セルゲイ・デレビャンチェンコ(ウクライナ)といった強豪には敗北寸前の大苦戦を喫し、宿敵カネロとは1敗1分。こうした失速は加齢による衰えの産物か、それともゴロフキンは多少なりとも過大評価されていたのか。

 一般的にアスリートが全盛期の力を保つ30代前半までにビッグファイトを実現できず、真価証明の舞台は訪れなかった。それゆえにピーク時のゴロフキンが実際にどれくらい強かったのか、その答えは永遠の謎となってしまった感がある。

 ただ……そんな問いの答えがどうであろうと、ゴロフキンが近年の世界リングを彩ってくれた最大級のスーパースターだったという事実に変わりはない。引退後の殿堂入りももう確実。DAZNと6戦総額1億ドル以上という契約を結んだおかげで、金銭面でも最大限に報われたボクサーにもなった。

 これほどの大物であるがゆえ、世界的な意味での実績、ステイタスは村田より1段も2段も上だろう。冒頭で述べた通り、今戦は日本史上最大級のファイトだが、ゴロフキンはその先の9月にすでにカネロとの第3戦が内定している。そんな経緯から、本人はともかく、“村田戦は通過点”とみなしているファンも多いに違いない。

タイソン対ダグラス戦との奇妙な共通点

ボクシングの歴史を変えた1990年2月11日東京ドームのタイソン(手前)対ダグラス戦、あの衝撃は再び訪れるか 【写真は共同】

 そう考えていくと、この試合はタイソン対ダグラス戦と本当に奇妙なほどに共通点が多いように思えてくる。破格のパワーで恐れられた本格派王者が、断然優位の前評判で日本へ。勝てばイベンダー・ホリフィールド(アメリカ)との決戦が規定路線だったタイソン同様、ゴロフキンの行手にも今年度最大のアメリカ興行となるであろうカネロ戦が待ち受けている。そういった舞台設定で行われた32年前はとてつもないアップセットが起こったが、その歴史が繰り返す可能性はあるのだろうか。

 村田がゴロフキン相手に大番狂わせを起こすようなことがあれば、中量級戦線のシナリオは大きく書き換えられる。その時には、タイソンの代わりにホリフィールドと対戦したダグラスと同じような流れで、村田はGGGに代わってカネロの近未来のライバルに浮上する。12月にイギリスかメキシコでリング登場を目論んでいるカネロが、若い頃に憧れた思い出の地でもある日本にターゲットを変えても不思議はないだろう。

 つまり、日本が誇る元金メダリストは、少々信じ難いことに、ゴロフキン、カネロという2大スーパースターの両方と年内に対戦する可能性があるほとんど世界唯一のボクサーでもあるということなのだ。

 ただ、そんな夢のシナリオを実現させるために、超えなければならない壁は高い。これまで述べてきた通り、ゴロフキンがアメリカでも人気ボクサーになった背景には本人の意志の強さがあった。不摂生の極みのような状態で来日し、崩れていったタイソンと違い、ゴロフキンが村田戦を真剣に捉えていることはこんなコメントからも明らかだ。

「タイソン対ダグラス戦は、日本は“驚くべきことが起こる場所”であることを示したのでしょう。ただ、その試合と私の試合に共通点があるとは思いません。私は優れた陣営とともに、万全の準備をして日本に行くつもりです」

 誇り高きゴロフキンは、現状で考え得る最高に近い状態で村田戦に臨んでくるのだろう。だとすれば、激しい戦いとスリリングな結末は必至―――。

 ボクシングの歴史が変わった東京ドームでの衝撃から長い時を経て、私たちはまた日本で世界ボクシング史の1ページを目撃しようとしている。カザフスタンが産んだ最高傑作と、日本の元金メダリストが大舞台で雌雄を決する。さあ、カウントダウンを始めよう。目撃したものは孫の代まで語り継ぐのであろう一戦のゴングは、もう間近に迫っているのである。

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著者プロフィール

東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』など、雑誌やホームページに寄稿している。2014年10月20日に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)を上梓。Twitterは(http://twitter.com/daisukesugiura)

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