連載:#BAYSTARS - 横浜DeNAベイスターズ連載企画 -

ボクシング界の“怪物”と野球界の“天才” 頂点を極める男はどこが優れているのか

中島大輔

大橋会長(写真左)が思う、“モンスター”井上尚弥(写真中央)の最も“モンスター”なところとは...... 【写真は共同】

 横浜で14年間プレーした後にメジャーリーグで活躍し、その経験を来季からチーフ投手コーチとしてベイスターズに還元する斎藤隆コーチ。一方、大橋ジムの大橋秀行会長は現役時代にWBC世界ミニマム級王者に輝き、指導者としても数々のチャンピオンを育ててきた。そんな2人が「モンスター」と感じた選手は、周囲とどこが違うのか。世界最高峰を知る両者が語り合った。(取材日:12月6日)

井上尚弥は「24時間強いまま」

――世界3階級を制覇し、現在バンタム級の2団体統一王者の井上尚弥選手を「モンスター」と名付けたのは大橋会長です。川嶋勝重、八重樫東という元世界王者から教えられたことがあると話していましたが、井上選手に教えられたこともありますか。

大橋 すごく教えられていますね。ジムに来た最初から「怪物」で、「怪物」のまま先まで行っちゃうパターンもあるんだなって。井上にとって良かったのは、川嶋や八重樫が努力して世界チャンピオンになる姿を見てきたことです。もともとすごい怪物でしたけど、先輩たちの姿を見ながら今の「モンスター」が作り上げられていきました。

斎藤 以前、会長の横で八重樫さんのスパーリングをジムで見させていただいたことがあります。僕は素人ながら、とにかく八重樫さんの踏み込みの速さに驚いていたら、そのときに会長がおっしゃったことが一生忘れられなくて。「八重樫は入りが速いでしょ? でも井上尚弥は入った後の戻りが、もう1、2段速いんですよ」って聞いたとき、僕は鳥肌が立って。

大橋 詳しく聞かれたことを覚えています(笑)。

斎藤 井上尚弥さんはパンチを打ったらすぐに引いて、またパンチを受けないようにするスピードが異常に速いという会長のお言葉から、ボクシングという生死を賭けた戦いの真髄を聞いた気がしたんです。チャンピオンは皆さんスタイルが違いますけど、自分の芯になっているような性格とかファイティングスピリットもそれぞれ違うものですか。

大橋 全然違いますね。そこをうまく引き出すのが自分の役目だと思っています。例えば川嶋、八重樫ともに精神力が本当にすごいけど、世界戦の前になると、ものすごく集中する時間を作るんです。これから戦いにいく、覚悟を決める時間ですね。湯気が上がり、汗がゴーッと噴き出てきて、近づき難い感じになるんです。僕はこの時間が結構好きだったけど、井上にはそれがないんですよ。普通に話していて、そのままリングに上がっていく。そのときに感じたのは、やっぱり強い人は集中するじゃないですか。作り上げるじゃないですか。

斎藤 わかります。

大橋 でも、井上は24時間強いままなんですよ。24時間強いままだから、強いわけだと感じました。

斎藤 なるほど。そういうことなんですね。

ドネアを撃破したイメージトレーニング

WBSS決勝で眼底骨折を負いながらも、楽しみながら戦っていたという井上(写真右)。大橋会長(写真左)も、さすがに驚いたと話した 【写真は共同】

大橋 びっくりしたのはWBSS(ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ)という、世界チャンピオンが全員出てきた大会の準決勝。相手は無敗のチャンピオン(エマヌエル・ロドリゲス)で、イギリスのグラスゴーで試合だったんですよ。何万人という大観衆で。控え室でスタンバイしていると、みんな、緊張の最高潮なんです。そのときに尚弥と目が合ったら、「楽しみっすね」って言ったんですよ。本当に作ってない感じで。

斎藤 すごい。

大橋 もう一つびっくりしたのは、WBSS決勝で2019年の年間最高試合になったノニト・ドネアとの対決。2ラウンドで眼底骨折したんですよ。3ラウンド目から片目が見えないので、自分の目を隠して戦ったんですね。片目にすれば、見えるのは1人なので。眼底骨折の目があると、3人くらいいるように見えるらしくて。

斎藤 そうなんですか。

大橋 試合が終わってチャンピオンになった後、2人きりになって医務室に連れて行ったときの第一声が、「いやあ、楽しかった」。大体の選手なら、そういうときは「疲れた」「ほっとした」と聞きます。尚弥は心底「楽しかった」と言っているので、「何が楽しかったの?」と聞いたんです。そうしたら、最悪、自分が眼底骨折した場合、目を隠してやろうとイメージトレーニングをしていたみたいで。それが絵に描いたように、片目で思い通りに戦えたことが「すげえ楽しかったです」って。

斎藤 すごいですね。

大橋 片目で戦うことを学んだのは、対戦者のドネアからなんですよ。ドネアがギジェルモ・リゴンドーという選手に負けたとき、左ストレートを目にもらって眼底骨折して、片目が見えなくなってグローブで隠して戦ったんですね。そのドネアを見て、尚弥は真似して勝った。後々ドネアに聞いたら、気づかなかったそうです。

斎藤 片目で戦っていたことに気づいてなかったんですね。

大橋 気づかないようにやったんだと思うんですよね。よく「井上はどこがモンスターなんですか」と聞かれるけど、一番はハートです。デビューしてから今ままで、堂々として、微塵もブレない選手は過去に見たことがない。選手が緊張すると、こっちも焦っちゃうんですね。そうすると今度は選手が焦るから、僕は堂々としているように心がけています。でも井上の場合、練習から試合まで本当に安心できる。こんな選手は二度と出てこないと思います。

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著者プロフィール

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。05年夏、セルティックの中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り、4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『プロ野球 FA宣言の闇』。2013年から中南米野球の取材を行い、2017年に上梓した『中南米野球はなぜ強いのか』(ともに亜紀書房)がミズノスポーツライター賞の優秀賞。その他の著書に『野球消滅』(新潮新書)と『人を育てる名監督の教え』(双葉社)がある。

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