ボクシング界の“怪物”と野球界の“天才” 頂点を極める男はどこが優れているのか
大橋会長(写真左)が思う、“モンスター”井上尚弥(写真中央)の最も“モンスター”なところとは...... 【写真は共同】
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井上尚弥は「24時間強いまま」
大橋 すごく教えられていますね。ジムに来た最初から「怪物」で、「怪物」のまま先まで行っちゃうパターンもあるんだなって。井上にとって良かったのは、川嶋や八重樫が努力して世界チャンピオンになる姿を見てきたことです。もともとすごい怪物でしたけど、先輩たちの姿を見ながら今の「モンスター」が作り上げられていきました。
斎藤 以前、会長の横で八重樫さんのスパーリングをジムで見させていただいたことがあります。僕は素人ながら、とにかく八重樫さんの踏み込みの速さに驚いていたら、そのときに会長がおっしゃったことが一生忘れられなくて。「八重樫は入りが速いでしょ? でも井上尚弥は入った後の戻りが、もう1、2段速いんですよ」って聞いたとき、僕は鳥肌が立って。
大橋 詳しく聞かれたことを覚えています(笑)。
斎藤 井上尚弥さんはパンチを打ったらすぐに引いて、またパンチを受けないようにするスピードが異常に速いという会長のお言葉から、ボクシングという生死を賭けた戦いの真髄を聞いた気がしたんです。チャンピオンは皆さんスタイルが違いますけど、自分の芯になっているような性格とかファイティングスピリットもそれぞれ違うものですか。
大橋 全然違いますね。そこをうまく引き出すのが自分の役目だと思っています。例えば川嶋、八重樫ともに精神力が本当にすごいけど、世界戦の前になると、ものすごく集中する時間を作るんです。これから戦いにいく、覚悟を決める時間ですね。湯気が上がり、汗がゴーッと噴き出てきて、近づき難い感じになるんです。僕はこの時間が結構好きだったけど、井上にはそれがないんですよ。普通に話していて、そのままリングに上がっていく。そのときに感じたのは、やっぱり強い人は集中するじゃないですか。作り上げるじゃないですか。
斎藤 わかります。
大橋 でも、井上は24時間強いままなんですよ。24時間強いままだから、強いわけだと感じました。
斎藤 なるほど。そういうことなんですね。
ドネアを撃破したイメージトレーニング
WBSS決勝で眼底骨折を負いながらも、楽しみながら戦っていたという井上(写真右)。大橋会長(写真左)も、さすがに驚いたと話した 【写真は共同】
斎藤 すごい。
大橋 もう一つびっくりしたのは、WBSS決勝で2019年の年間最高試合になったノニト・ドネアとの対決。2ラウンドで眼底骨折したんですよ。3ラウンド目から片目が見えないので、自分の目を隠して戦ったんですね。片目にすれば、見えるのは1人なので。眼底骨折の目があると、3人くらいいるように見えるらしくて。
斎藤 そうなんですか。
大橋 試合が終わってチャンピオンになった後、2人きりになって医務室に連れて行ったときの第一声が、「いやあ、楽しかった」。大体の選手なら、そういうときは「疲れた」「ほっとした」と聞きます。尚弥は心底「楽しかった」と言っているので、「何が楽しかったの?」と聞いたんです。そうしたら、最悪、自分が眼底骨折した場合、目を隠してやろうとイメージトレーニングをしていたみたいで。それが絵に描いたように、片目で思い通りに戦えたことが「すげえ楽しかったです」って。
斎藤 すごいですね。
大橋 片目で戦うことを学んだのは、対戦者のドネアからなんですよ。ドネアがギジェルモ・リゴンドーという選手に負けたとき、左ストレートを目にもらって眼底骨折して、片目が見えなくなってグローブで隠して戦ったんですね。そのドネアを見て、尚弥は真似して勝った。後々ドネアに聞いたら、気づかなかったそうです。
斎藤 片目で戦っていたことに気づいてなかったんですね。
大橋 気づかないようにやったんだと思うんですよね。よく「井上はどこがモンスターなんですか」と聞かれるけど、一番はハートです。デビューしてから今ままで、堂々として、微塵もブレない選手は過去に見たことがない。選手が緊張すると、こっちも焦っちゃうんですね。そうすると今度は選手が焦るから、僕は堂々としているように心がけています。でも井上の場合、練習から試合まで本当に安心できる。こんな選手は二度と出てこないと思います。