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Jリーグ月間表彰
J1月間MVPは横浜FMのレオ・セアラ
「F・マリノスに行きたいと即答だった」
ループ、ミドル、ヘディング……と多彩な得点パターンを披露したレオ・セアラ。「このクラブだからこそ」と攻撃的なチームに感謝する
ループ、ミドル、ヘディング……と多彩な得点パターンを披露したレオ・セアラ。「このクラブだからこそ」と攻撃的なチームに感謝する【写真:森田直樹/アフロスポーツ】

 8月度の「2021明治安田生命Jリーグ KONAMI 月間MVP(J1)」に選出されたのは、横浜F・マリノスのFWレオ・セアラだ。シーズン序盤は途中出場が続いたが、東京五輪による中断が明けると、8月に6ゴールと大暴れ。チームの勝利に大きく貢献した。2015年のFC琉球時代に続き、2度目のJリーグ参戦となるストライカーはいかにして苦しい時期を乗り越えたのか。8月の大活躍の要因に迫る。


個人タイトルは今回が初めて

――8月度の明治安田生命JリーグKONAMI月間MVP受賞、おめでとうございます。8月15日の大分トリニータ戦で2得点したのを皮切りに、8月21日のベガルタ仙台戦ではJリーグで初めてのハットトリックを達成。そして8月25日のサガン鳥栖戦でPKを決め、わずか11日間で6得点を挙げました。すさまじい活躍ぶりでしたが、率直な思いを教えてください。


 こうやって月間MVPに選ばれたのは、チームメートみんなのおかげですし、このクラブだからこそゴールを決められていると思います。本当にうれしいです。引き続きチームの力になれるようなプレーをどんどん見せていきたいです。


――8月は約3週間でリーグ戦が7試合も組まれていました。過密日程の中でコンスタントに試合に出場して6得点という結果を残しました。1カ月でこれだけの数のゴールを決めた経験はありますか?


 ブラジルでもハードスケジュールの連戦はあります。昨年、ヴィトーリアでは1カ月で5点取ったことがありました。


――月間MVPなど個人タイトルを獲得した経験は?


 ブラジルに月間MVPのようなものがあるかどうか分からないですけど、振り返ってみると、個人タイトルの経験はないですね。今回初めていただきました。数字を残しただけでなく、月間MVPまで受賞できたので、8月はすごくいい1カ月になりました。


――8月に決めた6得点の中で、レオ選手にとってお気に入りのゴールはどれでしょう?


 仙台戦の2点目ですね。きれいなゴールだったと思います。


――ものすごいスピードの強烈なシュートで、リーグ屈指の実力者であるGKヤクブ・スウォビィク選手もまったく動けませんでした。あらためてゴールシーンを振り返っていただけますか?


 日々の全体練習が終わったあとに、個人でよくシュート練習をしていて、そこで同じような形はやっていました。あの場面では、ボールを受けたときに周りに相手がおらず、ちょっとスペースがあったんです。だから、すぐに振り向いてシュートを狙ったらしっかりミートできて、いいところに飛んでくれました。


――大分戦でゴールを決めるまでは、約2カ月にわたって得点から遠ざかっていました。特に6月の後半は調子が上がらず苦しんでいるように見えました。もどかしく苦しい時期を乗り越えて、8月に一気に調子が上がってきた要因はなんですか?


 やっぱり試合数をこなして、プレーする時間が増えたことが大きな要因だと思います。僕が来たばかりの頃は、(オナイウ)阿道が大活躍していたので、彼が先発で出て、僕の出番は毎試合終盤の10分か15分くらい。阿道が移籍してからスタメンになる回数が増えてプレー時間が伸びたことが、結果が出るようになった要因のひとつだと思います。

妻と娘との再会が待ち遠しい

夫人と今年産まれた娘はすでに来日。隔離期間が終わって再会できれば、レオ・セアラのパフォーマンスはさらに上がるに違いない
夫人と今年産まれた娘はすでに来日。隔離期間が終わって再会できれば、レオ・セアラのパフォーマンスはさらに上がるに違いない【横浜F・マリノス】

――レオ選手は新型コロナウイルス感染拡大に伴う外国人の入国制限の影響でチーム合流が遅れ、戦術などを覚える時間もなく、試合をこなさなければなりませんでした。さらに短い出場時間の中で結果を残す必要もあり、焦りや迷いからプレーにためらいが生まれていたように見えました。なかなか結果が出ない時期、どんな気持ちでプレーしていましたか?


 おっしゃったようにキャンプからチームに合流できなかったことで、僕も「出遅れたな」と思っていました。そのうえ3カ月くらい公式戦に出ておらず、来日してから隔離期間もあったので、試合勘を失っていました。


 もどかしい気持ちでプレーしていたんですけど、それでも僕には自信がありました。その自信を失うことなく、日々の練習でベストを尽くせばチャンスは必ず転がってくると思っていました。あの頃は辛抱強くサッカーができていたと思います。


――ご家族の来日が決まり、奥さんや生まれたばかりの娘さんとも会えることになりました。一方、他のクラブには家族と一緒にいられないことに耐えられず、退団してしまう選手もいます。レオ選手はなぜ我慢して戦い続けられたのでしょうか?


 家族と一緒にいられなかったことで、正直つらい時期もありましたね。でも、またJリーグに戻ってきて、J1でプレーするのが僕の夢でした。以前の自分と今の自分がまったく違うことをJリーグのファンに見せたかったんです。そして、生まれてきた娘の未来のためにも僕は辛抱強くならなければならない、と自分を奮い立たせて、つらい時期を我慢しました。


――奥さんと娘さんはもう日本に到着しましたか?


 今はもう来日していて、隔離中です。あと1週間ちょっとで会うことができます。


――待ち遠しいですね。


 そうですね。早く会いたいです! もうつらい時期は過ぎ去りました。家族が日本に来られただけで、本当にありがたいなと思います。


――初めてJリーグでプレーした2015年、FC琉球ではJ3リーグ戦で2得点しか挙げられませんでした。1年でブラジルへ戻ることになったにもかかわらず、もう一度Jリーグでプレーすることを夢だと思えた理由はなんですか?


 琉球時代、日本はすごくいいところだと感じていました。当時は奥さんと来られなかったので、日本を奥さんに紹介したいという思いもありました。先ほども話しましたが、琉球では全然活躍できなかったので、Jリーグファンのみなさんに自分の本当の実力を見せたいという思いも強かったです。なので、また日本でプレーするチャンスをもらえたときは本当にうれしかったです。


 ブラジルでの活躍があったからこそ、チャンスが巡ってきたと思っています。F・マリノスの選手は一人ひとりの質が本当に高いですし、チームの一員になれて、自分が日々成長していることを実感しています。F・マリノスという素晴らしいクラブに来られて本当に良かったと思っています。

舩木渉

1994年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学スポーツ科学部卒業。大学1年次から取材・執筆を開始し、現在はフリーランスとして活動する。世界20カ国以上での取材を経験し、単なるスポーツにとどまらないサッカーの力を世間に伝えるべく、Jリーグや日本代表を中心に海外のマイナーリーグまで幅広くカバーする。

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