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中村憲剛、止まっていた時間が動き出す
復帰直前と直後の偽らざる思い

連載:最終回

301日ぶりに等々力のピッチに戻ってきた中村憲剛は自ら得点を決め、最高の復帰を飾った
301日ぶりに等々力のピッチに戻ってきた中村憲剛は自ら得点を決め、最高の復帰を飾った【(C)Suguru Ohori】

 2020年8月29日――止まっていた時計の針は、再び動き出した。


「試合が終わったときには、いろいろな意味で帰ってきたなと思いました。いろいろなものが自分のもとに戻ってきた感覚がありました……やっぱり、あの日から時間は止まっていたんだなって。中村憲剛という人間の時間は動いていましたけど、川崎フロンターレの中村憲剛というサッカー選手としての時間は、負傷したあの試合から止まっていたんだと思います」


 その日、中村憲剛は301日ぶりに等々力陸上競技場のピッチを踏みしめた。


 3-0で迎えた77分だった。長年、苦楽をともにしてきた小林悠とピッチに立つと、最初のプレーでいきなりシュートを放った。80分には大島僚太とのワンツーからゴール前に侵入すると、再びシュートを狙った。さらに85分には果敢なプレスから相手のミスを誘発すると、“負傷した左足”でループシュートまで決めてみせた。

復帰戦のプレーを見て妻は思い出した

 これ以上ない、完璧かつ最高の復帰戦だった。プレー、立ち居振る舞い、存在感――どこか懐かしさも感じれば、待ち望んでいたものでもあった。


 18年目になるプロ生活のすべてを、もっと言えば中村がプロになる前、大学生のときから見守ってきた妻・加奈子さんも感じていた。


「うまく言葉にできないんですけど、やっぱりこれだなって思ったんですよね。私の好きな憲剛のプレーだなって」


 ふたりが出会ったのは大学4年生のときだ。中村が在籍していた中央大学サッカー部が初めてマネージャーを募集した。それを学内新聞で知った加奈子さんは、「経験になる」と、思い切って手を挙げた。


「ただ、当時はサッカーを見たこともなくて、マネージャーをやるからにはルールも覚えなければと思って、中大の試合を見に行ったんです」


 そこで目を引いたのが中村のプレーだった。


「初めて見に行った試合に彼が出ていたんです。そのとき、うまいというか、面白かったんですよね。そういうところにパスを出すんだとか、そういうところまで見えているんだなって。とにかく憲剛のプレーが面白いなって思ったんです」


 8月29日、301日ぶりに中村が等々力で見せたプレーは、加奈子さんがずっと見続けてきたままのプレーだった。


「ふっと大学時代のことを思い出したんですよね。私自身も、復帰した姿を見たら、今日までのことを思い出して泣くのかなと思っていたんです。でも、そんなことは全然なくて。むしろ面白かったんです。そのとき、『ああ、私はこれが見たかったんだな』って」

術後9カ月でブログを書かなかった理由

術後の節目には毎月ブログを更新してきたが、8月はあえて書かず。それだけ心身ともに準備はできていた
術後の節目には毎月ブログを更新してきたが、8月はあえて書かず。それだけ心身ともに準備はできていた【(C)J.LEAGUE】

 39歳にして左膝前十字靱帯を損傷する大ケガからの復活を目指していた中村は、術後8カ月を過ぎた7月28日、ついに全体練習へと合流した。


「当初は、まだ怖さがありましたね、正直。特にクロスの練習などで横から来る速いボールを左足で蹴る動作に対してはちょっとビビってました」


 無理もない。完全合流してからも1対1や2対2などのメニューでは、どうしても慎重になってしまう自分がいた。


「最初はメニューの回数とかも制限されていたんですけど、徐々にそれが取り除かれていくと同時に怖さもなくなっていったんです。部分合流のときは、ボール回しもしているとはいえ、そこまで受け身にはならないのでリバウンドは多くなかった。でも、完全合流してからは、対人形式がより多くなりますよね。そうなるとリアクションの動きもたくさん入ってくるので、膝周りはもちろん、全身にリバウンドがありました。


 サッカーって止まったり、ダッシュしたり、踏ん張ったりと、いろいろな動作が入ってくるじゃないですか。その連続動作が、こんなにもできないんだって、当初は自分でも笑えてくるくらいでした」


 自分の頭の中でイメージは膨らんでいるが、それに体がついてこなかった。心配していた頭の中のスピードや見えているものは、思っていたよりもそこまで違和感がなかったことに安堵(あんど)した。これまではリハビリを続ける毎日だったが、全体練習に合流し、トレーニングを重ねていくことで、徐々に本来の姿であるサッカー選手へと戻っていく感覚……。


 ところが、新型コロナウイルス感染症の影響で過密日程になっている今シーズン、チームは連戦を戦っていた。そのため練習試合も組めなければ、紅白戦もできず、手応えを実感できるタイミングはなかなか訪れなかった。


「戦術練習では対戦相手の役回りはやっていたんですけど、過密日程の中なのでそこまでトレーニングに時間をかけられず、4-3-3システムで一度も試合に出る選手たちの方でプレーしたことがないんです。だから、試合に出る選手たちの動きを見て、今のフロンターレのサッカーはこうやってやればいいのかと、自分の頭の中を書き換える作業をし続けました。そうした経験はフロンターレに加入してから初めて。今まではずっと、自分が試合に出るメンバーの中にいて、自分が作り上げていく方でしたから。


 ただ、全体練習に合流したことで、見えてきたものもいっぱいあるんです。攻撃も守備もそうですし、選手の特徴もそう。新たにフロンターレが挑戦しているサッカーはスタンドで上から見ているのと、一緒にプレーするのとでは、やっぱり、全然違いました」


 メンバー外や試合に出た時間の少ない選手たちで行うチーム恒例のシュートゲームでは、試合に出るための体力を養った。狭いコートにゴールを置き、4対4や5対5を行うハードな練習は、中村の体をさらに追い込んでいった。


「プロになって18年目ですけど、今までの17年間でシュートゲームをやった回数よりも、この1カ月でやった回数の方が多いくらい(苦笑)。それも多いときは週6回。灼熱(しゃくねつ)の暑さも手伝って、あれはかなりきつかったです」


 練習での回数制限がすべて解除されたときには、はやる気持ちを抑えられなくなったこともあった。試合に出たい。ピッチに立ちたい。その意欲は日に日に増していった。だから、節目を迎えるたびに「術後○カ月」として更新してきたブログも8月22日には書かなかった。それだけ中村の中で準備はできていたのである。あとはいつ、指揮官が考えるテーブルに自分が乗れるか。それだけだった。

原田大輔

1977年、東京都生まれ。『ワールドサッカーグラフィック』の編集長を務めた後、2008年に独立。編集プロダクション「SCエディトリアル」を立ち上げ、書籍・雑誌の編集・執筆を行っている。ぴあ刊行の『FOOTBALL PEOPLE』シリーズやTAC出版刊行の『ワールドカップ観戦ガイド完全版』などを監修。Jリーグの取材も精力的に行っており、各クラブのオフィシャルメディアをはじめ、さまざまな媒体に記事を寄稿している。

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