中村憲剛、止まっていた時間が動き出す 復帰直前と直後の偽らざる思い
チャンスをつかむ戦いに再び挑める幸せ
「戻るからにはちゃんとした状態で戻らなければいけないというのは、最初から決めていたことなんです。もちろん、自分がそう思っていたとしてもオニさん(鬼木達監督)がまだまだだなと思っていたら、当たり前ですが入れません。なので、メンバーに入れたということはそこはクリアできたことになるので、ここまで培ってきたものを復帰した一発目で見せられれば最高ですけど、そうじゃなくてもどこかのタイミングでは見せなければとは思っています。
やっぱり、プロだから、ただ戻ればいいというわけじゃない。正直、39歳という年齢も年齢だし、その上で前十字靱帯を断裂して、手術もしてリハビリも含め10カ月も離脱しているわけだから、十分にハードルは高いんですけど、だからこそ、それでもしっかりプレーするんだと、それが大きなモチベーションになっていたんですよね。
だから、俺はその前例を作りたいんです。ただ、一方でピッチに戻る姿を見せるだけでも意味があるのではないかと思っている自分もいます。タッチラインに立って、ピッチに入っていく姿を見せるだけでも、それを待ち望んでくれている人たちがいるはずですから」
自信もあれば、当然ながら不安もある。その葛藤が見え隠れしていた。
「きっと試合に出る前と出た後では、当たり前だけど話す内容も変わると思うんです。だから、復帰できるか、できないかのこのギリギリのところでの思いというのは、自分でいうのもアレですけど、すごく貴重だと思っています。復帰した、自分が何を思うのか、何を話すのか、さらに言えば自分自身どういうプレーができるのか。それは自分でも楽しみなんです。全然ダメかもしれないし、周りからそう言われる可能性もありますからね」
燃えているかと聞けば、「確実に着火はしています」と語っていた。
「復帰できるのは、もしかしたら過密日程によるものかもしれないですけど、サッカー選手ってそんなもんじゃないですか。試合に出続ける選手は出たときに結果を残してチャンスをつかんでいくものですから。俺もまた、そこにもう一度、チャレンジできる場所に戻れた幸せを噛みしめたいなと、今は思っています」
前十字靱帯を断裂した左膝にメスを入れてから9カ月が過ぎていた。間もなく訪れるその日を前に、一番近くで見守ってきた加奈子さんはこんなことを思っていた。
「今日、洗濯物を干しながら、これまでのことを思い出していたんですけど、ケガをして手術をして、リハビリをして……長かったようで、あっという間だったなって。きっと、本人はその都度、その都度、つらかっただろうし、いろいろなことがあったと思うんですけど、振り返ってみると、しんどそうな感じはなかったんですよね」
一度だけリハビリが後退した時期には、弱音を吐露したこともあったが、振り返ってみると、確かにずっと、ずっと中村は前向きだった。
「ケガに対しては、やってしまったものは仕方がないし、治すしかないという考えで一貫していたんですよね。試合に出ているときは、チームがどうすれば勝てるか、どうすればいいサッカーができるかというのはずっと考えてきたし、たくさん悩んでもきたんです。だって、サッカーは次の日に急にチームが良くなることもあれば、ちょっとしたことで劇的に変わることもありますからね。でも、ケガは悩んでも考えても次の日にケガが治るものではないし、何かが変わるわけじゃない。日々やるべきことをやっていくしかないんです。だから、俺からしてみたら、ケガは有限で、試合は無限なんですよ」
J1第13節の清水エスパルス戦を翌日に控えた8月28日、全体練習を終えると、いつものように寺田周平コーチがメンバーを呼び上げていく。
「憲剛」
中村が言う無限の世界に再び飛び込むタイミングはやってきた。
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