キャリア官僚から記者…異色の経歴生かす 巨人の“安全”担当「誇りに恥じぬよう」
7月28日からは東京ドームでも有観客試合の開催が始まった。球場スタッフはマスクの上からフェイスシールドをするなど万全の対策で観客を受け入れる 【写真は共同】
少し離れたところで、入場の様子に目を配るひとりの男性がいる。巨人のホームゲームで球場の新型コロナウイルス感染防止対策を担う身として、気の抜けない日々が続く。目に見えない感染の「不安」を、目に見える「安全」へと転換していく役目は、重い。
部署異動2日目からテレワークに……
山田さんは東大卒業後、国土交通省でキャリア官僚として働き始め、その後記者として新聞社へと転職をした異色の経歴を持つ 【撮影:竹内友尉】
全国で感染者は増加の一途をたどり、4月7日の宣言発令後はチームの活動もストップ。「どうなっちゃうんだろうと自分自身も混乱しましたし、先が見えない状況で……」。ただ部署の資料を読んで、勉強するほかなかった。
感染拡大の状況を見極め、開幕を模索するプロ野球。球団側は、あらゆるケースの想定が求められた。
「いつ開幕するのか。観客を入れるならどれくらいなのか。入れないならどう発信していくのか」
その後、5月末には6月19日の無観客開幕が決まり、7月に観客を入場させての開催へと議論は進行していく。山田さんが任されたのは、感染防止対策を盛り込んだ球場関係者のマニュアル作りだった。本来なら、いかに球場を満員にするかが求められる仕事のはずが、どう感染拡大を防ぎながら、試合を安全に開催するかを考える。複雑な思いは胸に押し込め、NPBのガイドライン案や政府の専門家会議の資料などを読みあさった。
医学の専門知識はない。誰しも手探りの状況だったが「お客様を迎える側なので、しっかりした知識がないといけませんし、手も打てません。とにかく勉強しながらやっていくしかありませんでした」。東京ドームや業務委託する警備会社など関係者の意見を取りまとめ、調整し、全体方針に落とし込んでいく。
事務処理の能力が求められる仕事で、自らの経歴が生きたのは間違いなかった。東大卒業後、社会人のスタートを切った場所は国土交通省。キャリア官僚として施策の立案、調整、書類作成は日常業務だった。「私がドームのコロナ対策を任されたのも、そんな経歴が理由のひとつにあったかもしれませんね」と山田さんも想像する。
多忙を極めた「有観客」への準備
巨人の有観客初戦は、ほっともっとフィールド神戸。雨天中止となったが退場の際にも観客同士の“密”を避けるためにアナウンスが表示された 【写真は共同】
球場を管理するオリックス野球クラブに問い合わせ、設備の確認から始まった。
「現地には何があって何がないのか。選手や関係者の動線はどうするのか。部屋の利用や設置物、掲示物はどうするのか。本当、全てイチからでした」
県庁や市役所、保健所との連携も必要だった。加えて、7月28日に本拠地の東京ドームで迎える有観客試合の準備も同時進行。「結構ハードではありましたね」。山田さんはさらりと振り返るが、実際にはまともな休みなんてなかった。
「本当に多くの方々にご協力いただき、大きなトラブルもなくお客様に観戦いただいています」
ひとまず胸をなで下ろすが、日々の対策に終わりはない。球場スタッフを含めた来場者の健康チェックを徹底。試合直後から約60人がかりで10時間以上かけてあらゆる箇所を消毒する。コンコースには新たに送風機が設置され、空気の滞留を防ぐ。
「やっぱり、ファンあってのプロ野球。真っ先に考えたのはファンの皆様の存在でした。開幕が延期になって、ずっと心待ちにしてくださっていたと思うんです。まだ球場での制約は多いですが、何とか楽しんでいただきたい。そのために、球場が安心・安全であることを発信することに、まず力を入れました」
たとえ声援は送れなくても、得点後におなじみのタオル回しはできなくても、目を輝かせてグラウンドに拍手を送る多くのファンがいる。そんな彼らを近くで感じることが、山田さんの原動力になっている。国交省を2年でやめ、読売新聞社に入ったのも同じ思いからだった。
「霞ヶ関だけで仕事が完結することが多く、現場が遠く感じてしまいました。だから、自分の足で現場を見る記者になろうと思いました」