中町公祐を突き動かす「勝手な使命感」 フットボーラーとしてアフリカで活躍を

元川悦子
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アフリカにこだわる理由

中町公祐は19年からザンビアでプレー。アフリカでの生活、国際支援活動、そして今後の展望について聞いた 【写真提供:中町公祐公式インスタグラム】

 欧州や南米、東南アジアで新天地を見いだす日本人サッカー選手は少なくないが、アフリカに目を向ける者は皆無に等しい。2018年まで横浜F・マリノスに在籍していた中町公祐は契約延長を断り、19年1月にザンビアという未知なる国へ赴くことを決断。その大胆なチャレンジは多くの人々を驚かせた。

「アフリカにこだわる理由はいくつかあります。ひとつはアスリートとしての自分の価値を証明すること。マリノスには12年から在籍したけれど、アンジェ・ポステコグルー監督が来たタイミングでそれまでとは違った立ち位置になりました。クラブからは2年契約をいただきましたが、『自分はまだやれる』という強い自信があったので、別の環境へ行こうと考えたんです。

 そこで頭に浮かんだのがアフリカ。友人のNPO法人がガーナに学校を建てるプロジェクトを進めていて、その関係で18年夏に現地へ行って、幼い命を脅かすリスクの大きさを痛感しました。15年に生まれてすぐに長男(彪護くん)を亡くす経験をしたこともあり、自分もアフリカの人たちに深く関わってボランティア活動や国際支援をやっていきたいと強く感じました。『これしかない』と夜も眠れないくらいワクワクしましたね。

 プロサッカー選手・中町公祐はもはや金を稼ぐとか、有名になるとか、そういうフェーズにはいなくて、人を幸せにしたり、心を動かす活動をしたいという段階に入っている。そういう価値観の変化もアフリカ行きを後押ししました。

 もうひとつ言うと、Jリーグからアフリカへ移籍した人がいない点も大きかった。僕はしたたかな人間ですからね(笑)」

 慶応大学出身らしいウィットに富んだ表現力を駆使して、彼は自身の考えを明確に語ってくれた。

ザンビアでの過酷な環境、新たな発見

現在はゼスコ・ユナイテッドを退団し、新天地を探している。現役続行、アフリカでのプレーにこだわる 【スポーツナビ】

 1年半前にザンビアの強豪、ゼスコ・ユナイテッド入りするにあたり、中町は18年夏から緻密な事前調査を行っていた。彼の個人会社のスタッフをアフリカに派遣し、ジンバブエやザンビアのクラブを回らせるところからスタートしたのだ。そして環境や待遇面で納得できそうなゼスコに目をつけ、契約交渉を経て、移籍にこぎつけた。
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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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