LiLiCoおすすめ『人生の特等席』は必見 クリント・イーストウッドが伝えたいこと
最終回は野球映画『人生の特等席』(配給先&発売元:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント、価格:ブルーレイ2,381円+税/DVD1,429円+税)を紹介します。
※リンク先は外部サイトの場合があります
スカウトという仕事の本質をこの映画は語っている
ベテランスカウトを演じる名優、クリント・イーストウッドがこの映画に込めたメッセージとは? 【© 2012 Warner Bros. Entertainment Inc.】
と言いつつ、この『人生の特等席』は直接メガホンをとってはいないんですけど(クリントを師と仰ぐロバート・ロレンツが監督)、それでも老いた彼の作品性が感じられるいい映画です。
公開された2012年当時に82歳だったクリント・イーストウッドは、老いたプロ野球スカウトのガス・ロベルを演じます。
データを重視したスカウティングの時代に入ってきていることもあり、お払い箱寸前の状況に追い込まれたガスは何としてもいい結果をもたらさないといけないのですが、肝心の目に病が生じ、日常生活もままならなくなる。そこに長年、あまり関係のよくなかった娘、エイミー・アダムス演じるミッキー・ロベルがやってきて、人生をかけた新人選手獲得がはじまる、という筋書きです。
スポーツのスカウトとは? その全てを、この映画は語っているんじゃないかな。
どんなスカウトだろうと、今の時代は機械で何でもできる、映像を分析して共有できる。ただ、データだけでは分からないものもあると思います。
たとえば芸能界で、MCがうまいとされている司会者がいたとします。でももしそのうまさが、編集済みの映像をもとにしたものだとすると、100パーセントは飲み込めない。なぜかというと、最終的に観ている映像は、あれこれと編集され、ツギハギになったものだからです。ディレクターズマジックが施される前の状態ではいい司会ができていなかったのかもしれない。
主人公のガスはとにかく現場に足を運びます。今の時代にしてみれば時間とお金の無駄と言われかねないですが、ちゃんといろいろな方向から見る。
打った球種だけでなく、その打者の構えや目線も見る。耳で捉えた音も含む五感を駆使して、投げたボールや打ったボールの実際の球速や球威、変化球の鋭さ、スイングやモーションの質までを感じ取るんです。
劇中のシーズンオフはボー・ジェントリー(ジョー・マッシンギル)という打者がドラフトの目玉になっています。この少年は学生同士の大会でチームメートに対して「メジャーリーガーになればどんな女とでもヤレる」、ピーナッツ売りに対して「オレにピーナッツの代金を払わせる気か」と、とにかく上からものを言う、横柄さがにじみ出ています。
そういう生活態度までは、現場に行かず遠隔では分からないことですよね。打席映像だけでは読み取れない、何かをやらかしそうな危うさがあるわけです。スカウトはそこを見ないといけない。
「タレントがいつの間にか消えたな」と思っていたら、それは本人の性格が問題だった、というのは往々にしてあることです。
ストーリーに深みを与える父と娘の微妙な距離感
ガスがずっと娘のミッキーを遠ざけてきた理由とは? 【© 2012 Warner Bros. Entertainment Inc.】
肩を壊して早々に引退したという設定の“炎のフラナガン”ジョー・フラナガン(ジャスティン・ティンバーレイク)にしても、スカウトとして野球界で仕事を続けることができている。実況の真似事を酒場で披露すれば拍手喝采を浴びるような特技も持っています。彼はガスにスカウトされた投手だったんですが、ガスに言われたことは今になっても忘れていない。人間が人間性を見て選手をスカウトして、人間同士のつながりができているわけです。
何かをとろうと思ったら何かを捨てる勇気も必要だ、というメッセージがこの映画にはありますよね。自分を不要な人材として扱った雇い主が最後に「やっぱり君の力が必要だ」と連絡してきて、ミッキーはそのかかってきた電話を捨ててしまいますけど、この場面に限らず、いくつものどちらを選ぶのかという選択が、物語のなかに織り込まれています。こういうガスとミッキーに寄り添っていく映画の視点に温かみを感じます。
その点、日本はよく「おもてなし」と言いはしますけれども、果たしてその「おもてなし」の精神で外国の方をお迎えするであろう東京オリンピックが大丈夫なのか、ちょっと心配ではありますね。というのも、日本は「おもてなし」は完璧だと思うんですけど、「思いやり」が足りないので――。具体的には、次の人のためにドアを開けておくとか、手を差し伸べるとか、そういうことです。
何かを手伝おうとすると、盗むんじゃないかと不審に思われるのがオチだったりする。そうならないよう、この映画を観て「思いやり」という優しさを再認識してほしいと思います。じゃないと、来年のオリンピックは失敗しますよ。次の人のためのドアを開けられない人間は、少なくともヨーロッパやアメリカにはいないですから。思いやりを覚えたほうがいいと思います。
このお父さん――ガスは、『アイ,トーニャ』のお母さんであるラヴォナと大差ないと言えば大差ないんですよね、娘によく接することができていないという意味では。
※リンク先は外部サイトの場合があります
父と娘はお互いに接し方がよく分からないということは普遍的な問題ですけれども、その人間ドラマが重要なポイントですね。
一方、スポーツ的には、地道に頑張る積み重ねの大切さと、ハングリー精神が詰まっています。
最後にミッキーが発掘するあの投手は、スカウト陣に熱い視線を注がれるボー・ジェントリーとの対比で描かれていますね。
おそらく劇中の人物も観客も嫌なやつだなと思うだろうボーに対し、あの投手も胸に秘めたものがあるはずですが、それは暴言として吐かれることはなく、若くして商売でお金を稼ぎながらキャッチボールをコツコツやるという日々のやるべきことに向かっていっているんです。
うっかりすると観客も忘れるくらいの伏線を回収するオチとなるのですけれども、いずれにしても「やることをやっていれば、どこかに見ている人はいるんだぞ」というメッセージになっていますよね。
結局、ボーがプロのトップレベルで通用するかどうかはデータだけでは分からず、ハングリーな少年との対比でやっと分かる。その結果が、現場に足を運ぶスカウトには、あらかじめ見えている。
日本でもドラフトの目玉になりながら、鳴かず飛ばずで終わってしまう選手は後を絶ちませんよね。アマチュアとプロでは差がありますもん。