連載:逆境に立ち向かう球児たち

大切なことは「高校野球をどう終えるか」 仙台育英・須江監督の理念に迫る

大利実

新型コロナで「スポーツと社会が近づく」

昨夏の甲子園では8強入りした仙台育英(写真は2019年夏のもの)。現在はグループLINEなど、オンラインの力を使って須江監督とコミュニケーションを取っている 【写真は共同】

「一日中、映像の編集をやっています。少しでも、選手たちのためになればと思って。進路は本当に悩みどころです」

 Zoom(ビデオ会議アプリ)による仙台育英・須江航監督への取材は、進路に関する話題から始まった。春の練習試合や公式戦がなくなったことで、冬の練習の成果を発揮するアピールの場がない。緊急事態宣言が発表されて以降は、寮生も自宅に戻り、グラウンドに集まれていない状況が続く。

 そこで、須江監督が思いついたのが、選手個々のプレー映像を編集し、1人につき1分から3分ほどのプロモーションビデオを作ることだった。制作した映像を、大学関係者に送っている。

「試合の映像に加えて、日々の練習の映像を編集しています。うちは日常的にiPadでプレーを撮って、技術向上に生かしているので、映像はたくさんあります」

 センバツが中止になった時点で、PV制作がすぐに頭に浮かんだという。できることは何でもやる。

 今、選手たちとはパソコンやスマートフォンでつながっている。Zoomを使い、週3日は須江監督によるミーティング、残りの4日は選手だけのグループミーティングを開催。そのほか、Slack(メッセージアプリ)やグループLINEを活用して、選手の日々の取り組みを確認するとともに、監督からのメッセージを発信している。

「選手ミーティングは、僕からさまざまな情報を発信しています。新型コロナウイルスに関する記事やニュース映像を送って、それをもとにして、選手間で意見交換をする。今回の件で間違いなく言えることは、スポーツと社会が近づいたということです。高校野球のことだけを考えていては何もできない。社会の中で、高校野球がどう存在しているのか。今まで以上に、世の中の声に耳を傾けなければいけません。うちは、スマホを自由に持たせているので、彼ら自身で情報に触れられる環境を作っています」

「理念」のもとに行動することの大切さ

エースの向坂をはじめ、選手たちはこの期間を「野球以外のことを学ぶ時間」としても活用している 【写真は共同】

 須江監督が就任したのは2018年1月1日。それ以前は、系列の仙台育英秀光中等教育学校の監督として、全国大会に8年連続で出場し、14年には全国中学校軟式野球大会で日本一を飾った。母校でもある仙台育英高の不祥事が17年秋に発覚し、当時の佐々木順一朗監督が引責辞任。後を継いだのが、須江監督だった。

「もともとあった素晴らしい伝統に加えて、理念を作ることに時間を注ぎました。競技スポーツですから、日本一を目指すのは当然のこと。でも、それは目標であって理念ではない。組織は理念がなければ、行動がぶれてしまいます」

 話し合いの中で生まれたのが、『地域のみなさまとともに感動を分かち合う』という理念だった。全ての行動は、理念に沿ったものでなければいけない。不祥事の後だっただけに、この言葉に重みが増した。

「野球だけ頑張っていても、理念を果たすことはできません。たとえば、20代学生、40代主婦、50代会社員が何を求め、何を考え、何に悩んでいるのか。そういうところまで考えを巡らせてほしい。だから、読んでほしい本や記事を見つけたときには、グループLINEで情報を送るようにしているのです」

 今年3月11日には、「被災地の現状」「身元特定に尽力する特別捜査班の活動」を報じるニュースなど、5つの記事を送った。

「県外から来た生徒にとっては、宮城が第二の故郷となるわけです。宮城に住む者として、当時何があって、今どうなっているのかを知っておいてほしいという想いがあります」

 震災関連の本も紹介したところ、『南三陸日記』(三浦英之著/朝日新聞出版)を読む選手が多かったという。今は野球以外のことを学べるチャンスでもある。須江監督は「速読でもいい。7割の理解でもいいから」と読書を勧めている。

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著者プロフィール

1977年生まれ、横浜市出身。大学卒業後、スポーツライター事務所を経て独立。中学軟式野球、高校野球を中心に取材・執筆。著書に『高校野球界の監督がここまで明かす! 走塁技術の極意』『中学野球部の教科書』(カンゼン)、構成本に『仙台育英 日本一からの招待』(須江航著/カンゼン)などがある。現在ベースボール専門メディアFull-Count(https://full-count.jp/)で、神奈川の高校野球にまつわるコラムを随時執筆中。

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