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柳田将洋に聞く帰国の経緯とドイツの状況
「今は先が見えていないというのが本音」
ドイツでプレーする柳田将洋に帰国までの経緯やドイツの状況について話を聞いた
ドイツでプレーする柳田将洋に帰国までの経緯やドイツの状況について話を聞いた【写真:アフロ】

 3月9日からナショナルトレーニングセンターで行われていた代表合宿が中止になるなど、新型コロナウイルス感染拡大の影響はバレー界にも及んでいる。ドイツでプロとして3季目のリーグを戦っていた柳田将洋は、リーグ戦の打ち切りにより日本への帰国を余儀なくされた。


 刻一刻と変わる状況の中で柳田は何を考え、どのように過ごしてきたのか。電話インタビューを通じて、帰国までの経緯やドイツの状況について話を聞いた。(取材日は4月10日)

「国境閉鎖」という言葉はそれだけで恐怖を感じた

――柳田選手は今季ドイツでプレーしていましたが、シーズン終盤に新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、リーグ戦が中止となりました。当時の現地での状況、帰国までの経緯を聞かせてください。


 まずイタリアとフランスで新型コロナウイルスの感染がものすごい勢いで広がっていく中、ドイツは当初、死者がゼロで感染者数が増えるという状況が続いていたので、「他のヨーロッパ諸国よりは医療体制がしっかりしているのかな」と勝手な予想をしながら生活していました。でもそれから一気に感染が広がり、警戒レベル1から警戒レベル2へ。リーグは終盤で、レギュラーラウンドの残りが2試合という状況でした。


 首位のベルリンが独走し、僕が所属するUVフランクフルト、以前日本でもプレーしたニコラ・ジョルジェフ選手がいるフリードリヒスハーフェン、オーストリアのアルペンバレーズの3チームが2位争いをしていました。その時点ではフランクフルトが2位だったので、プレーオフを考えたら是が非でも2位になりたい。


 1試合の勝敗で順位が変動するので、15日のアウェーゲームに向けて練習を続けていたのですが、11日の段階で、その週開催される試合は無観客で行われることが決定。続けてプレーオフの中止が決まり、13日にリーグの中止が決定しました。9日に川口太一選手がいるロッテンブルグと日本人対決をして、それからわずか4日間で全ての予定が消えました。


 当初は21日のホームでのレギュラーラウンド最終戦をファンクラブのツアーで多くの方に見ていただく予定だったのですが、それも当然中止。フランス、オランダ、ベルギーなどチームメートも各国から集まっていましたし、それぞれの国が国境を封鎖するという話だったので「まずは家に帰りましょう」ということでチームも解散。僕もすぐに帰国が決定し、17日に日本へ帰国しました。


――とにかく決定が速いように感じます。あっという間の展開でしたね。


 ヨーロッパはすでに感染が拡大していたので、各国がクローズな状況になっていましたね。島で分断された日本とは違い、ヨーロッパは同じ大陸で陸続きなので、近隣の国ならば飛行機でも1時間程度、車や電車で簡単に往来できます。なので、閉鎖の仕方も大胆でした。でもそのおかげで、自分たちも危機感が強まりましたね。「国境閉鎖」という言葉はかなりのインパクトがありますし、それだけで怖さを感じます。ドイツでも感染が拡大していたのでバタバタと帰国しましたが、無事に帰ってくることができてよかったと思っています。

帰国後はホテルで2週間の自主待機。「体よりもメンタルが……」

――帰国後はどのように過ごしていたのでしょうか?


 僕は実家が東京ですが、家族もいますので、ホテルを取って自腹で支払い、2週間自主的に待機しました。部屋の中で自重のトレーニングをしたり、少し外を走ったりしていましたが、できることは限られています。3日目ぐらいからは何をしたらいいか分からないけれど、時間だけはひたすらあるという感じ。


 体がというよりも、メンタル面を維持するのがきつかったです。少しでも外へ出られれば気晴らしになるのかもしれませんが、僕が泊まっていたホテルの近くにたまたま桜が咲く場所があり、少しランニングをしようと外へ出たら、桜を見るために人がいて、その光景を見て「これは無理だ」と走るのをやめました。


――ヨーロッパでの危機感があったからこそ、日本の人混みを「怖い」と感じたということでしょうか。


 それはあるかもしれません。これはあくまで僕の感覚ですが、ヨーロッパの人は日本人と比べて日頃からマスクをつけなかったり、パンが主食で、レストランもお手拭きが出ることなくそのまま手で食べる文化があります。これほど一気に感染が拡大した背景には、そういう文化の違いもあるのかな、と僕は少し敏感になっていて、今まで以上に手洗いや消毒に関しても気をつけるようになりました。


 実際にヨーロッパの国々と比べて日本の感染者数はまだ少ないのかもしれませんが、それは気をつけたから減ったとかではなく、ちょっとした文化の違いでたまたま抑えられているもので、いつ爆発してもおかしくない。僕自身のことを言えば、帰国して2週間無事に過ぎれば代表合宿へ合流する予定が決まっていたので、万が一でも自分がウイルスを持っていたら、多くの人に広げてしまうリスクもあるし、合宿場所であるNTC(ナショナルトレーニングセンター)で感染が広がったら、と考えるだけで怖かった。


 自分のためでもありますが、周りの人たちのためにも、我慢の時期だと思っていたので、帰国してから毎朝検温を続けて、家の中でできる自重のトレーニングや、ストレッチをする。限られたことしかできていませんが、今はそれも仕方がないと思っています。1人でトレーニングをする以上、ボールの感覚がなくなっていくのは不安ですが、それはこの状況が過ぎてから考えればいいことで、今はまず、自分のため、人のためにできることをするのが先決だと思いますね。


――「人のためを考える」とおっしゃっていましたが、あらためて、今の状況に関する柳田選手の考えを聞かせてください。


 今は苦しい時期ではありますが、でもこの期間だからこそ誰かのため、人の気持ちを考えられる時間を今まで以上につくれるんじゃないかと思うんです。コロナウイルスに関して言えば、自分が感染したくないという気持ちはもちろんありますが、同じぐらい、自分が誰かに移したくない気持ちもある。それが人のためだと思いますし、新型と言われる以上、特性も含めて分からないことが多すぎる。そんな中、気軽に祖母へ会いに行って、祖母が罹患(りかん)してしまったら自分がどんな感情になるか。


 今は「自分がどうしたい」よりも、そうやって人を思う気持ちのほうが何より強くあるべきではないかと思います。だから僕が今できるのは家から出ないこと。人がいない時間帯に、人がいない場所を軽く走ることはありますが、それ以外は一歩も家から出ません。トレーニング効果を高めるようにダンベルを買ったので、今はそれが届くのを待っています。

田中夕子

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など、女子アスリートの著書や、前橋育英高校野球部・荒井直樹監督の『当たり前の積み重ねが本物になる』では構成を担当

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