五輪延期を受けて、柳田将洋が感じたこと  「それどころじゃないという思いが……」

田中夕子
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1年の延期が発表された東京五輪。バレーボール日本代表をキャプテンとして率いる柳田は今、何を思っているのか 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、東京五輪の延期が決まった。柳田将洋は決定について「人が生きるか死ぬかという状況ですから、まずは『オリンピックどころじゃないだろう』という思いが勝った」と振り返る。

 不安や葛藤の中、来年行われる東京五輪へ向けてやプロバレーボール選手として、今伝えたいことは何か。電話インタビューを通じて、柳田の思いを聞いた。(取材日は4月10日)

「中止」になるかもしれないという怖さもあった

――2020年7月24日に開幕するはずだった東京五輪ですが、一年の延期が決定されました。柳田選手は率直に、どう受け止めましたか?

 ドイツから帰ってくる時は「もしかしたらオリンピックが開催されるかもしれない」と思っていましたが、日々状況が変わる中、今年の8月に開催されることはないだろうな、と思っていました。ただ、救いだったのは中止にならなかったことです。僕らには分からないことですが、オリンピックの理念など、さまざまな問題もあり、当初は「延期はありえない」といった意見も目にしました。この状況で開催できない以上、延期が確定するまでは、中止になるのかもしれない、という怖さもありました。

――選手によって感じ方はさまざまだと思いますが、柳田選手はどう感じましたか?

 僕の中では意外と割り切りがついていました。オリンピックが延期になるということにものすごいショックを受けたか、落ち込んだか、と言われたらそうではなかったですね。なぜかと言うと、やはり「それどころじゃなかった」というのが大きい。

 人が生きるか死ぬかという状況ですから、まずは「オリンピックどころじゃないだろう」と。ヨーロッパから帰ってきた1人の人間からすれば、あれだけの感染者、死者が出ているという前例があるのに、日本はまだこんなに緩いのか、と感じることのほうが多かったので、オリンピックの有無はコロナが収束してからどうとでもなる、何とでも言える、何でもできるという感覚が勝っていました。

――延期が決まった際、日本代表の合宿が行われていました。代表選手同士で話をする機会はありましたか?
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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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