イチローがトラウマ、葛藤と戦った日々
ケン・グリフィーJr.に救われて

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連載:第8回

ケン・グリフィーJr.(左)はイチローをいじり倒すことで、チームに溶け込ませた
ケン・グリフィーJr.(左)はイチローをいじり倒すことで、チームに溶け込ませた【Getty Images】

 2008年、イチローは耐えることを選んだ。9月、8年連続で200安打を放った夜に、こう胸の内を明かしている。


「マイナスの空気が皮膚から入ってくる。それを避けたかった。これまでより僕の世界を作り上げていたと思います」


 クラブハウスにいるときはヘッドホンをして他を遮断。ひたすら壁を作った。

「カンガルーコート」でイチローいじり

 チームはオフに入って大胆な空気の入れ替えを図ったが、その象徴がケン・グリフィーJr.だった。2009年2月18日(現地時間、日本時間19日)、古巣へ9年ぶりに復帰した。


 そのときイチローは、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の合宿で宮崎にいた。日本代表が2次ラウンド前にアリゾナでキャンプを行ったことから、そのときに2人はマリナーズのキャンプ地で再会したものの、ようやく同じラインナップに名を連ねたのは、開幕が間近に迫った3月26日のことだった。


 ただ、それもつかの間のこと。30日の試合中、イチローはめまいと極度の疲労を訴え、途中交代。精密検査の結果、胃の潰瘍性出血という診断が出て、チームがキャンプを打ち上げた後も、ピオリアに残った。結局、故障者リストで開幕を迎えたイチローが復帰したのは4月15日のことである。


 この頃、ドン・ワカマツ新監督は、大いに気をもんだという。


「その前年のことは聞いていた。あの年、チームメートとキャンプを過ごす時間が極端に短かったことで、イチローは新しく加わった選手らと関係を築く時間もなかった」


 だが、そんな壁などグリフィーにしてみれば、なんでもなかった。復帰から4日後の19日、グリフィーは「カンガルーコート」を開いた。

丹羽政善

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米し、インディアナ州立大学スポーツマーケティング学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行っているほか、NHK BS−1で放送されている「ワールドスポーツMLB」にも出演している。

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