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“イチロー襲撃計画”が報じられた背景
嫉妬、孤立、渦巻く不穏な空気

連載:第7回

チームの低迷、仲間の嫉妬……イチローにとって2008年は試練のシーズンとなった
チームの低迷、仲間の嫉妬……イチローにとって2008年は試練のシーズンとなった【Getty Images】

 2003年のシーズンが終わると、イチローは3年連続200安打のプレッシャー、また、チームが4月半ばに首位に立ち、8月終わりに陥落してからも、ギリギリのところでプレーオフ出場を争った9月の戦いを振り返って、こう胸の内を晒した。


「プレッシャーや怒りによって、吐き気がしたり、息が苦しくなったりするというのは、今までになかったことですから、自分でも驚いたんですよ。それは今までの僕にはインプットされていないことでした」

チーム崩壊、負の連鎖は断ち切れず

 ただその後、イチローはそのときとは全く異質の息苦しさを味わうことになる。


  2008年6月4日(現地時間、日本時間5日)の夜だった。


 マリナーズは4連敗を喫し、21勝39敗となった。直近の15試合で12敗。35試合で26敗。試合後、クラブハウスに併設された会見場に現れたジョン・マクラーレン監督は、「いつもとは違う形で会見を行う」と口火を切ってから、質問を受け付けず一気にまくしたてた。


「毎晩、毎晩、うんざりだ! このクソったれが!……」


 このとき彼は、放送禁止用語を6回も連呼した。


「みんな、『チクショウ! なんとかしなきゃいけない!』という思いを持たなければダメだ」

 極端な言葉を使って選手の奮起を促したかったのか。負けたフラストレーションを単にぶつけたのか。



 実はその日の試合前、チャック・アームストロング社長(当時)が監督、コーチ陣を集め、「なんとかしろ!」と叱咤(しった)していた。


 ただ、マクラーレン監督による決死の会見も空回り。まず、6月9日にジェフ・ペントランド打撃コーチがクビになり、その1週間後にビル・バベシGM(ゼネラルマネジャー)が、10日後に、マクラーレン監督本人が解雇されている。チームは開幕から2カ月余りで、解体の道をたどった。


 もっとも、それで負の連鎖が断ち切れたわけではない。

イチローに対する険悪な雰囲気

 あのとき、イチローはイチローで、裏でうごめく元凶に身構えていた。


 乱心会見の9日前である。イチローはセンターオーバーの打球をフェンスに激突しながら好捕した。ケガのリスクがあるプレー。イチロー自身、「らしくない」と試合後に振り返ったが、伏線があった。


 ヤンキー・スタジアムで行われた前日の試合。1点リードの8回裏1死一、三塁でロビンソン・カノがセンターへフライを打ち上げた。捕ったイチローは、三塁走者のアレックス・ロドリゲスを刺そうと、ホームへダイレクトスロー。しかし、間に合わなかった。その送球の間に一塁走者だった松井秀喜が二塁へ。その松井は、次打者の右中間二塁打で決勝点を踏むが、マウンド上のJ.J・プッツは、松井を二塁に進塁させたイチローの本塁送球を責めた。


 本当にイチローが、無理なタイミングでホームに投げたのか。なぜ、カットマンに返さなかったのか。そこは検証が必要だが、全体を俯瞰すると、単なる八つ当たりとも映る。


 あの試合。5対3と2点リードの無死二塁でプッツがマウンドへ。


 ロドリゲスを歩かせて一、二塁。ジェイソン・ジアンビを見逃し三振に仕留め、続く代打の松井も二塁前のボテボテのゴロに打ち取ったかに見えたが、打球を処理したプッツが一塁へ悪送球して、二塁走者が生還。その間にロドリゲスは三塁まで進んだ。問題の場面は、その直後に訪れたのである。


 しかし、どこか後ろめたいのか、プッツはイチローには直接言わない。振り上げた拳をどこに下ろしていいか分からず、結局は、陰でチームメートに愚痴った。最終的には記者の耳にも入るほどで、それがシーズン終盤に記事になった。


 記憶にあるかもしれないが、9月終わり、『シアトル・タイムズ』紙が「イチローが襲われるんじゃないか――そこまで険悪な雰囲気になった」というチームメートのコメントを紹介しながら、イチローの置かれた状況を報じた、あの特集である。


 ちなみにあのとき、プッツはこうしらばっくれた。


「みんな、それぞれ意見の違いはある。でも、匿名で新聞記者に話すなんて、卑怯者のやることだ。俺なら陰でコソコソしないで、本人と話すね」

 

 不穏な空気に無神経なイチローではない。それがフェンス激突につながっていく。


「結構、イラッと来てたんですよ。そのストレスがあったことが、一番の原動力」


 2年後、イチローは、ホワイトソックスに移籍していたプッツと対戦する。このときイチローは、目の覚めるような鋭い当たりの二塁打を放った。

丹羽政善
丹羽政善

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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