連載:イチロー取材記 駆け抜けた19年

イチローにとって記録とは? 見えたのはピート・ローズとは異なる景色

丹羽政善

連載:第6回

2016年には日米通算ながら、ピート・ローズの最多安打記録を抜いた 【写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ】

 イチローについて、どう思っているのか。ピート・ローズ(レッズなど)に真意を聞こうとラスベガスを訪れたのは2016年6月のこと。イチローが日米通算ながら、ローズの最多安打記録(4256安打)に一桁と迫っていた。

 ローズは当時、マンダレイベイ・ホテル内にある「アート・オブ・ミュージック」というショップで定期的にサイン会を開いており、事務所に連絡をしてもなしのつぶてなので、そこで話を聞こうと考えたのである。

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4256安打を超えて

 どう接近するか。様子を見ていると、並んでいる人がいなければ、サインをしながらファンと雑談したり、写真撮影に応じたりしている。そこに紛れ込むか。

 ただ、サインをもらうには、その店でサインをしてもらうためのグッズを購入する必要がある。それが双方の儲けになるよう。定員に尋ねると、現役時代の写真が75ドル(約8200円)、ボールが99ドル(約1万1000円)、バットが199ドル(約2万2000円)といったリストを渡された。サインに言葉を添えてもらうことも可能だが、追加料金がかかるという。例えば、「ごめんなさい。私は野球賭博をしました」が200ドル(約2万2000円)だった。

 ボールを購入し、人がいなくなったタイミングでローズのところへ。隣に座るよう促され、店員が写真まで撮ってくれた。

「何か、言葉を入れて欲しいのか?」
 比較的機嫌が良さそうだったので、この言葉を入れてもらう場合、いくらになるんだろう、と思いながら伝える。

「Catch me if you can(捕まえられるものなら捕まえてみろ)」

 以前ローズが指摘した、「イチローは俺を捉えられない」という言葉とレオナルド・ディカプリオ主演の映画のタイトルを掛けたものだが、そこで彼はおかしいと思ったよう。

 怪訝な表情を向けたので、記者であることを明かす。あらためてイチローについて聞きたいと伝えると、「構わないよ」とあっさり、取材に応じてくれた。

 話してみると、コメントから受ける印象ほど攻撃的ではなかったが、従来の主張はそのまま。

「この際、私の立場、考え方をはっきりさせておこう。もしも日本のリーグの安打数をプロ野球選手としての通算安打に数えるなら、私のマイナーリーグでの安打数も加えろ」

 申し訳程度に、「イチローは殿堂入りするだろう」とも話したが、どうにも噛み合わない。次の客が来たタイミングで席を立たざるを得なかったが、それでも一つ、分かったことがあった。

 野球賭博で永久追放となり、脱税で服役したこともあるローズにとって、メジャーの通算最多安打という記録は彼のアイデンティティーそのもの。殿堂入りもかなわない彼にとっては生きる拠り所であり、不可侵領域だった。

 また、彼もまたキャリアを通して多くの記録と向き合い、超えてきたものの大きさが言葉ににじみ出ていた。

記録とどう向き合ってきたのか

 脱線が長くなったが、話を戻すと、イチローもある時期から記録への期待と無関係でいられなかった。気づけば、いつも紐付けられていた。それに対してどう向き合ったか。言葉をたどると、変化が透ける。

 例えば2007年のキャンプ初日には、「なりふり構わない自分でありたい。思い切ってやる。ナイスガイなんかになりたくない」と話し、シーズンが終わると、「やり切った」と充実感を漂わせ、こう続けた。

「マイナスがゼロになった。自分への負荷をかけていったし、それを避けてきたシーズンとではやっぱり違う」

 イチローはあの年、記録を意識し、意図的に自分を追い込み、プレッシャーを乗り越えた。

 翌2008年も、あと130本に迫っていた日米通算3000本安打到達を、「オールスターまでに」とし、張本勲氏が持つ日本の最多安打記録(3085安打)更新は、「シーズン終了までに」と細かな時間設定をした。それまでにはなかったこと。またあの年は、首位打者も「狙う」と公言している。

「割り算でも勝ちたいと思っている。僕は、暗算の足し算とか引き算とかがめちゃめちゃ得意なんですけど、割り算も別に苦手ではないので、そこでも人に勝ちたいなと去年から変わらなく思ってます」

 自信があってというよりは、それがイチローなりの手段か。引退会見でも、最低50歳まで現役と話していたが……という質問に、こう答えている。

「有言不実行の男になってしまったわけですけど、その表現をしてこなかったら、ここまでできなかったかも、という思いもあります。だから、言葉にすること、難しいかもしれないけど、言葉にして表現することっていうのは、目標に近づく一つの方法ではないかなと思っています」

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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