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知られざる富山とバスケの関係 選手編
チャンス生かし、第3の「バスケの街」へ
15年夏にB1参入が決まった富山。この日が大きな運命の分かれ目となった
15年夏にB1参入が決まった富山。この日が大きな運命の分かれ目となった【(C)B.LEAGUE】

 1月19日、富山市総合体育館でBリーグオールスターゲーム2019が開催される。今回はあまり知られていないが実は興味深い「富山のバスケ」について、ご紹介したい。連載3回目は、富山グラウジーズがB1入りを果たしてから今に至る地域の盛り上がりと、オールスターへの思いを関係者に語ってもらった。

富山バスケ界にとっての運命の日

富山のスポーツを取り上げる専門誌『T’SCENE』でも、バスケ回は売り上げが好調だという
富山のスポーツを取り上げる専門誌『T’SCENE』でも、バスケ回は売り上げが好調だという【大島和人】

 日本バスケを現場で取材していると、富山メディアの取材熱心さに気づく。日本代表の合宿や試合になれば富山から東京までテレビ局の取材クルーが出て来ているし、昨年末はワールドカップ(W杯)アジア2次予選の直後に地元紙・北日本新聞が1面で試合結果を報道していた。


 北日本新聞社が発行する富山のスポーツを取り上げる専門誌『T’SCENE』(ティーズシーン)の編集部を訪ねると、スタッフの石川雅浩さんがこんな話を教えてくれた。


「2016年の秋にBリーグが始まって、富山グラウジーズがB1に入ったというところで盛り上がりが始まった。それがなかったら、この雑誌が出ているか分かりません」


 創刊号(17年1・2月号)の表紙を飾ったのが、当時は富山に在籍していた城宝匡史(現ライジングゼファー福岡)。そこから隔月で通算13冊が発行されていて、そのうち3冊はバスケを巻頭で取りあげている。他に高校野球、ご当地力士・朝乃山関などの注目度も高いが、バスケは売上の数字が出て、アンケートの反響は特に大きいという。


 振り返ると富山のB1入りは18チーム中18番目という「ギリギリ」だった。15年夏、Bリーグ発足に向けてNBL、NBDL、bjリーグのクラブが一度シャッフルされ、B1からB3に振り分けられた。そこでこのクラブがbjからB2に振り分けられていたら、今の盛り上がりはないだろう。


 同年7月30日に1部へ参入する12クラブが既に発表されていたが、富山のB1入りは8月29日の最終発表まで不明だった。B1のチーム数をいくつにするべきかという議論も直前まであり、これが「16」になっていたら彼らのB1入りはなかった。クラブにとって、大きな運命の分かれ目だった。

選手も感じる県内での高まり

選手の比留木は「取っ付きやすくなった」と県内でのバスケ熱の変化を語った
選手の比留木は「取っ付きやすくなった」と県内でのバスケ熱の変化を語った【大島和人】

 当時チームはちょうど富山県小矢部市でキャンプ中。選手は宿舎に引き上げていたが、ファンは体育館で端末に群がって発表のウェブ中継を見守っていた。ブースターの中村嘉孝は「富山と呼ばれた瞬間、『うぁー』という歓声が体育館中に響いた」と当時の情景を振り返る。


 6月のヒアリングで、川淵三郎チェアマン(当時)から「1部は早いんじゃないか」と告げられていた富山だが、短期間で「ファンクラブの会員を5000人に増やす」というハードルをクリアした。ブースターもビラ配り、会員募集などで協力をした。


 bjリーグの最終シーズンとなった2015−16シーズンは、有明のプレーオフファイナルズに進出して準優勝。チームは右肩上がりでBリーグ初年度を迎えることになった。


 比留木謙司はBリーグ後の変化をこう観察している。


「取っ付きやすくなったのかなと思いますね。いい意味でミーハーな感じになって、ライトな人たちもパッと入れる、それだけ大きいものになった。『あの子グラウジーズが好きなんだ』『へー、どの選手が好きなの?』と普通に会話が通じる」


 城宝は11年から6シーズンに渡って富山に在籍し、クラブのエースであり「イケメン枠」の人気選手だった。17年にクラブを去ったが、16年のB1参入と同時に加入したのが宇都直輝。「向こうのリーグ」(bjと分立していたNBL)から加入した宇都は地元のブースターにとってそもそもなじみのない存在で、加入直後はスターターでさえなかった。しかし宇都は高いスキルと、クールな容姿と裏腹な激しいプレーで結果を残し、県民の気持ちもつかんでいく。彼の華やかさは新しいファンを呼び込み、クラブを「メジャーな存在」に押し上げる一因になった。

大島和人
大島和人

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都町田市に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。バスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、バレーなどの現場にも小まめに足を運び、試合観戦数は毎年300試合を超える。日本を実はサッカーだけでなくバスケ強国であるスペイン、バレー王国・ブラジルのような球技大国にすることが一生の夢で、“球技ライター”を自称している。

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